ここではないどこか

 しまった、と思った。
 今までひた隠しにしていたそれが私の意志に反抗した瞬間だった。透の手に握られたピンク色の紙が、その向こうにいるであろう穢れなくただ純粋に好きだと伝えられる存在を主張していた。その強烈に主張してくる、顔も名前も知らない女の子がたまらなく羨ましかった。嫉妬した。
 大丈夫だ。まだ軌道修正できる。家族としての苦言だと。一つ深呼吸をして、またいつものように何も知らない姉を演じればいい。

「姉さん……」

 そんなふうに切なげな声で呼ばないで。弟からの男としての好意に気づかないふりをさせてほしい。
 やめて、そんな目で見ないで。地獄に堕ちてもかまわないというその意志を含んだ目で見ないで。私はまだそちら側に行く決心ができていない。
 
▼▲2年前▲▼
 あの時には既に好きだったのか、と気づいたのは随分経ってからだった。

「透も高校生か……」
「本当によく似合ってる」

 真新しい制服を纏った透を見て父と母が涙ぐむ。齢15歳にして既に身長178センチの透はシンプルな黒の学ランを見事に着こなしていた。制服に着られてるねぇ、ってのが新入生の醍醐味じゃないの?初めて会った日からほぼ2年、その月日をまるっと成長にあてた透は息をのむほどに美しくなっていた。
 ぼう、と神々しくすら感じる立ち姿を見ていると透が恥ずかしそうに私を見た。

「どう?姉さん」

 くいっと顎を上げてポーズをとった後、照れを隠すようにニコリと笑った透を見て時が止まった。どきんと大きく拍動した心臓が痛かった。

「めっちゃモテそう……」
「ふはっ…!なにそれ!!」
「ほんとに、ほんとに!……めちゃくちゃ似合ってる」

 率直な感想を伝えると透は一際嬉しそうに笑った。それは今にも蕩けてしまいそうなほどの甘い笑顔だった。
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