ここではないどこか

「ごめん。クラスメイトからだった」

 智宏くんが言った通りだった。通話を終えた透はもうゲームの続きをする気はないようで、「ジュース飲む?オレンジ」と冷蔵庫の扉を開けた。

「いや、俺そろそろ帰るわ!」
「そうか」

 智宏くんがそう言うので、透は先程開けた扉を閉め、「久しぶりにゲーム楽しかったな」と笑いかけた。好きだと改めて自覚してしまえば、友達に笑いかける何気ない表情にさえ苦しくなった。
 透と2人で智宏くんを見送り、家に2人きり。なんだか急に緊張してきて、今までどう接してきたのかがわからなくなった。

「姉さん」
「ひゃいっ……!」
「……ひゃいってなんなの」

 急に呼ぶから……。肩が跳ね上がるほど驚いた私を見て透が口を開けて笑った。あ、ここまで笑うの珍しいな。表情が乏しいわけではないが、大笑いをすることが少ない透の新鮮な表情に胸がときめいた。鼻の上にできる皺が愛おしいな。
 ひとしきり笑うと、「ジュース飲む?」と聞いてきた。どうやら透が飲みたいようだ。

「ううん、いらない」

 なんだか胸がいっぱいで苦しくて。そしてこれからの私の恋心の行く末を思うと、哀れで仕方なくて。喉を通らなさそうだった。
 「そ?俺は飲もーっと」ご機嫌に鼻歌を歌いながりコップにオレンジジュースを注ぐ背中が愛おしい。ひっそりと想うぐらいは赦されるだろうか。それなら私以外誰も傷つけないだろうか。

「姉さん、なんかあった?智宏と」
「え?」

 あまりにも脈絡なく投げかけられた言葉に時が止まった。智宏くん?なんで?
 表情に出ていたのだろう。コップを下唇に当てたまま、透は「いや」と首を横に振った。

「リビングに帰ってきたら、姉さんの元気がない気がしたから」

 その切なげに細められた目に捉えられて、私はなにも言えなくなってしまった。その目は、その愛おしげな視線は姉に対して向けるものなの?
 自分の恋心を自覚した途端、透からの好意にも敏感になったのだろうか。もしも想いを告げれば、この恋心を枯らすことなく、その先を望めるのだろうか。
 だめだ。それはだめだ。私は全てを傷つけ、全てを手放す覚悟なんて到底できそうにない。
 透、ごめんね。私は自分の恋心にも、透のそれにも気づかないふりをするよ。
 他の誰も傷つけない代わりに、私と透、2人だけが叶わない恋に傷つこう。それが一緒に地獄に堕ちるということだよ。
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