ここではないどこか

 料理をする男の人って色っぽいんだな。私はグラスに入ったピーチ系カクテルをちびちび飲みながら迷いなく動く仁さんの手元を見ていた。
 ビールを流し込むときに上を向く顎から耳にかけてのシュッと引き締まったラインが美しかった。

「ねぇ、香澄さんと仁くんも食べてる?こっちで一緒に……って、あー!2人でお酒飲んでるし!」

 いつまでも席につかない私たちに痺れを切らしたのか、いや、彼の優しさからだろう、私たちを呼びに来た智宏くんは飲酒現場を目撃し大袈裟に叫んだ。

「未成年のお子様たちは大人しくジュースを飲んでなさい」
「俺だって後一年したら飲めるんだからね!」

 ついこの間19歳になったばかりの智宏くんは悔しそうに頬を膨らませた。「わかったから席に戻って待ってて。すぐ行くから」仁さんの口調が子供を嗜める父親のようでほんわかした。


「とりあえず今できてる分を持って行って乾杯しましょうか」
「だね」

 焼き上がったお肉をフライパンからお皿に移し替えていると、私の後ろに立った仁さんが手元を覗き込むように顔を近づけた。顔と顔の余りの近さにびくりとする。

「なにか変でした……?」

 おどおどと聞いた私に「いや」と否定をして、「そろそろ俺も仁くんって呼んでほしいし、敬語外してほしいんですけど……」とぽつりと声を落とした。
 不貞腐れた声音が、視線を合わせない態度から伝わる照れを確かなものにしている。彼の照れがそのまま私に伝わり、ぶわりと頬を赤く染める。
こくんと頷くことでしか肯定の意を表せないほどに照れた私をみて、仁くんは満足げに笑った。


 出来上がった料理をテーブルに並べてから改めてみんなで「いただきます」と「お疲れ様」を言い合った。
 透の右隣に座り、みんながわいわいと楽しそうに話しながら食べてを繰り返している光景を眺めていると正面に座った仁くんと目が合う。

「香澄さん食べてる?」
「うん、食べてるよ。とっても美味しい」
「よかった。……お酒まだあるけどどうする?」

 私の空になったグラスを見て仁くんが首をかしげた。すでに一本飲んじゃったしな……。それに今日の主役は4人だから、その4人を差し置いて楽しくなっちゃうのは違うしなぁ……。などと考えていると「姉さんはお酒ストップで。お茶飲んでな」と透が飲みかけの自分のコップを差し出した。

「仁くんもストップね。他はみんな未成年なんだから」

 有無を言わせない威圧感と至極真っ当な言い分に成年済みの私と仁くんはカタなしだ。「はぁい」と反省した声で返事をした私たちに透は「よろしい」と頷いた。
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