ここではないどこか

5

 祝勝会から俺は気が気でなかった。智宏が言った「お似合いだよね」という言葉。瑞樹が言った「仁くんは気に入ってるんじゃない?」という言葉。あの時は曖昧に流すしかなかったが、実際に俺も感じていた雰囲気を第三者に言葉にされることにより、まざまざと突きつけられたのである。
 しかし俺の心配とは裏腹に仁くんと姉さんが連絡を取り合っている様子も、お互いが気にし合っている様子もなかった。心配しすぎだったかな……姉さんのことになるとコントロールできなくなる自分の感情に俺自身も疲れていた。
 弟との恋愛関係を進展させる道を選んでくれたんだ。それは相当の覚悟がいったことだろう。そのことを考えると俺の心は満たされたし、その選択をしてくれた姉さんの俺への気持ちを信じようと思った。
 気持ちを切り替えるように深呼吸をしたとき、トントントンと控えめに部屋の扉がノックされた。「はい」と返事をしながら扉を開けると、姉さんがスマホ画面を俺に向けて見せた。

「お母さんが来るって、今度の月曜日。透は仕事入ってたもんね?」

 姉さんのスマホ画面には母さんからのメッセージが映し出されていた。

「えっと、月曜……次の姉さんの休みか、そうだね、雑誌の撮影が入ってた」

 ちょうど昨日、なかなか休みが合わないね、と2人のスケジュールを照らし合わせていたところだった。月曜日の予定を思い返しながら話すと、姉さんは「そうだよね」と言った。
 その声音は、秘密の関係を続ける2人で母さんに会わなくてよかった安堵のようにも、また、秘密を隠さなければいけない母さんに1人で会うことへの不安のようにも感じられ、なんと返答すればいいのか分からなかった。

「大丈夫?」

 そう聞いて、すぐにしまったと思った。こんな聞き方、「大丈夫」と返すしかないだろうと。すぐに言い直そうとしたが、それよりも早く「大丈夫だよ」と姉さんが笑った。


「なにかあれば連絡して。たぶん19時には帰って来られると思うから」
「大丈夫だよ。お母さんに会うだけだよ」

 月曜日。姉さんはなんでもない風に笑ったけれど、俺の心はざわざわと嫌な予感でいっぱいだった。
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