ここではないどこか

6

「お疲れ!悪いけど先に帰るな」
「お疲れ様!気をつけてなー!」

 「母さんが家に来ててさ」と、透くんはリュックを背負いながらそう言った。智宏くんの大きな声に俺と仁くんの「お疲れ」は掻き消される。それでも透くんの耳には辛うじて届いたみたいで、「おつかれ!」と爽やかな笑顔を向けた透くんは足早に控室を後にした。

「俺のとこもこの前初めて来たよ」
「俺は引っ越し前に会ったきりだわ」

 話しの流れのまま智宏くんと仁くんが母親来訪の報告をし合っている。その内容に俺のどうしようもないコンプレックスが刺激された。

「俺はまだ高校生なんで!割と頻繁に来るけど、まだ高校生なんで!」

 2人の会話が途切れたタイミングでそう言うと、智宏くんと仁くんは俺の心情を察したのか、うんうんと生ぬるい視線を投げかけた。

「またそうやって子供扱いする!智宏くんとは一つしか違わないんですけど!」

 "そういうすぐにムキになるところが子供っぽいって言ってるんだよ"

 仁くんと智宏くんは言わなかったが、俺を見守る表情が確実にそう言っていた。

「なにも言ってないだろ。瑞樹の良いところは純粋で裏表がなくて負けず嫌いで一生懸命!焦らなくても年は重ねていくんだからさ。出来ないことを数えて卑屈になるなよ」
 
 仁くんの優しい眼差しが心を溶かす。

「そうそう。大事なのはどう年を重ねていくかだからね。頑張っても縮まらない歳の差に悩まなくてもいいんだよ。補い合って頑張ってこうぜ」

 智宏くんの撫でるような眼差しが心地良い。

 そういうところなんだよ。仁くんも智宏くんも。ここには居ないけど、透くんも。あ、透くんはお兄さんというよりはどちらかと言えば友達みたいな感じだけれど。
 とりあえずみんなは俺のことを理解し、尊重してくれた。最初は事務所の人に寄せ集められた違和感ばかりのグループだったけれど、今は俺にとって唯一の心から安らげる居場所になっていた。
 
 どうか、ずっと続いてほしい。そのために俺も精一杯の努力をしよう。そう考えて、つい先日見つけてしまった小さな違和感を思い出した。

 あの日、仁くんの家での祝勝会。仁くんと香澄さん。並んだ2人を見つめる透くんの瞳。その瞳には確かに隠せない嫉妬が漏れ出ていた。
 その瞳を捉えた瞬間、昔読んだシェイクスピアのオセロに"嫉妬は緑の目をした怪物"だと出てきたことを思い出した。その時は意味がわからなかったのだ。
 しかしどうだろう。透くんの目は確かに緑色した嫉妬がぐるぐると渦巻いていた。

 いや待て、自分の姉を好きになるか?でも、確か透くんのところは再婚だと聞いたことがある。血が繋がっていないのなら可能性は大いにあるか……。
 それならば本人達が幸せならそれでいいんじゃないか?だけど、姉と弟が恋人関係になることはあまりにセンセーショナル過ぎやしないか?少なからずblendsには悪影響だろう。
 だけどそれはあくまで俺の勘でしかない。そんな曖昧なことを2人に相談することは違う気がした。まずは透くんに確認するべきだろう。……透くんなら案外素直に認めてくれそうだ。人とは一線を画した思想で生きている透くんを思い浮かべた。
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