ここではないどこか

 翌日から香澄さんは俺を見つけても苦笑いをしなかった。

「おはよー!今日も暑いね」

 今年は雨が少なく、気がついたら梅雨明けしていた。じりじりとした肌を刺すような日差しにじとりと流れ出る汗に思考回路が鈍っていく。

「ほんと暑いっすね。俺夏嫌いなんですよ」
「わかる、私も!けど、夏祭りは好き!」
「じゃあ、行く?もうすぐあったよね、たしか」
「……え??」
「ん?」

 俺の誘いに表情を固めた香澄さんが、閃いたように「あぁ!」と声を上げた。

「みんなでね?でも4人揃うとさずかに目立たないかな?」
「なんでみんなで行くんすか。2人だよ、俺と香澄さん」

 人差し指で自分と香澄さんを交互に指せば香澄さんは狼狽えたように視線を彷徨わせた。

「でも、朝と違ってさすがに夏祭りは人が多すぎるよ」

 アイドルをしている俺への気遣いは本心か建前か、香澄さんの瞳は何も語ってくれない。しかしその言葉に俺はハッとする。blendsを守りたい気持ちで始めたはずなのに、俺の行動こそが危険に晒しているじゃないか。
 チラチラと俺に向けられた視線の中に、俺をblendsの赤葦瑞樹だと認識しているものはいくつあるのだろうか。
 そもそも透くんが本当に香澄さんを好きかどうかもわからないし。もし俺の勘違いなら……。

「瑞樹くん……?」

 何も話さない俺に香澄さんの瞳が不安げに揺れている。
 やめた方がいい。俺の浅はかな計画は一度白紙に戻そう。透くんを説得してみようか。わかってくれないかもしれない。だけど俺が危険な橋を渡って出しゃばっている今の状況より、幾分かマシだ。

 でもこの眼差しを無くしてしまうの?これが他の誰かのものになるのを、ただ指をくわえながら見ていることしかできないの?

「俺のこと好きになりませんか?」
「へ?」

 きょとんとした顔の香澄さんに俺は続けて詰め寄った。

「だーかーら!俺駆け引きとかまどろっこしいこと大嫌いなんですよ!直球で言いますけど、俺のこと好きになりませんか!?」

 ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものだ。
 この人を俺のものにして、俺から離れられなくしたらいいんだ。そしたら透くんも、副産物的に仁くんも、香澄さんのことを諦める。俺はわざわざ人目に着くようなことをしなくても、香澄さんと愛を育める。一石二鳥だ。

 俺は諦めない。メンバーと好きな人が被っても俺は諦めない。

 ジリジリとした日差しが俺の肌を刺す。本格的な夏が始まろうとしていた。
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