ここではないどこか

9

 誰からの着信かがなんとなくわかった。私はスマホ画面が透に見えないように、少し離れた場所で確認をする。
 やっぱり……。画面には昨日連絡先を交換したばかりの名前が表示されていた。
 やましいと感じていたからだろう。私は声が漏れ聞こえないように玄関の扉を開けて、廊下に出る。「はい」と発した声は思ったよりも緊張の色を含んでいた。

「香澄さん、今大丈夫だった?」

 電話越しに聞く瑞樹くんの声はいつもより低く感じる。

「うん。ちょうど帰ってきたところで、今透と少し話してた」
「大丈夫そうだった?透くん」
「瑞樹くんが連絡くれた通り。疲れてるね」
「んー、そのことでちょっと話したいことがあるんだけど、今から会えない?」

 今から……体調の悪い透を一人残して?「それは無理だよ」という私の言葉は瑞樹くんの次の言葉に遮られた。

「お願い。透が取り返しのつかないことになる前に」

 今まで聞いた瑞樹くんのどの声よりも切実なものだった。

「……透に言ってからなら」
「わかった。待ってる。香澄さんが来てくれるまで、ずっと待ってる。家のチャイムを鳴らして」

 ざわりと心が揺れる。「待って、やっぱり行けない」の言葉を今度は不通音が遮った。


 透の部屋を開ける前に深く息を吸った。気持ちは透だけを向いていて、やましいことなど一つもないはずなのに。じとりとした嫌な汗が背中を伝った。
 あれからもう一度電話をしても、メッセージを送っても瑞樹くんは反応しなかった。きっと私が彼を訪ねるまでそれを続けるつもりだろう。

「とおる」

 そっと扉を開けると、透は再び眠っていた。ほっと胸を撫で下ろす。聞こえるはずもないが一応、と「少し出かけてくるね」と告げて、仕事帰りに買ったスポーツ飲料とゼリーを枕元に置いて部屋を後にした。
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