ここではないどこか

 一人暮らしの部屋は11月の外気温を差し引いても寒かった。もうすぐ誕生日だというのに今年も私は一人だ。
 失恋には時間薬。昔からよく言われるその言葉はどうやら私には適応外のようだった。
 26歳にもなれば友達の結婚話をチラホラと聞き始める。合コンにも行った。友達からの紹介も受けた。会社は女性が多いけれど、配属先の百貨店には男性も大勢いた。出会いは多くなかったけれど、ゼロだったわけではない。
 ありがたいことに私に好意を示してくれる人もいた。それなのに心が一ミリも動かないのだ。
 友達は「とりあえず付き合うだけでも付き合ってみなよ」とアドバイスをくれた。だけども、デートの準備をしている段階で億劫で億劫で仕方なくなるのだ。それを感じてしまえば相手との先を想像できないのも当然のことだった。

 唯一連絡をとっている異性は瑞樹くんだけ。あの日、自分の言葉で私の背中を押した自覚のある瑞樹くんは、私がマンションを引っ越してからも随分と気にかけてくれた。
 当初は恋愛的な意味で連絡をくれていたのだろうが、いつ頃からかそれは友情に変わっていったように思う。その証拠に今では、部屋で二人っきりになっても色っぽい雰囲気は微塵も横たわらなかった。それどころか瑞樹くんは私を好きだった頃を「あれは黒歴史だ」と言い切ったのだ。
 ただ私には気持ちを乱すことなく付き合っていける瑞樹くんとの関係が心地良かった。

  晩ごはんをどうしようかと考えていると、インターホンが鳴る。そういえば今日は水曜日だった。水曜日は彼の仕事が余程遅くならない限り、必ず私の家へと訪ねて来るのが恒例になっていた。
 一応誰か確認してからね、と心の中で呟いて確かめたパネルには、案の定の人物が映っていた。

「お疲れ様」
「おつかれ。仕事早く終わってよかった」

 そう言ってふらっと現れたのは先程まで考えていた人物、赤葦瑞樹、その人だった。

「酒も買ってきた」

 靴を脱ぎながらコンビニ袋を私に差し出す。

「ありがと。明日は仕事遅いの?」
「まあまあ早い」
「えー?飲んでいいの?」

 冷蔵庫に酒缶をしまいながら笑うと、瑞樹くんは「いいの!」と強く返事をした。早く大人になりたいと願っていた彼は幼さを感じる純粋そうな見た目はそのままに、しかし確実に色気を備えつつあった。
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