ここではないどこか

 「似合うと思って」と瑞樹くんが差し出してきたものは誰もが知っている有名ブランドのショップ袋だった。
 丁寧にラッピングされた白色の包装紙の上に真っ赤なシーリングスタンプ。その赤をそっとなぞる。ゆっくり開けると真っ赤なジュエリーケースが私の目を奪う。

「瑞樹くん、わたし……」

 思わず瑞樹くんを見ると、緊張した面持ちでこちらを見ていた。その表情に「こんな高価なもの受け取れないよ」それは言ってはいけない言葉だと感じた。
 言葉を紡がぬままジュエリーケースを開けると、そこには華奢なホワイトゴールドのチェーンの先に一粒のダイヤモンドがあしらわれたシンプルなネックレスがあった。

「みずきくん……」

 弾かれたように彼の顔を見て縋るように名前を呼んだ。
 私を見て微笑む瑞樹くんの表情は先程よりも幾分か柔らかくなっている。

「つけてもいい?」

 そう言った瑞樹くんの声も縋るように震えている。考えるより早く頷いた私は、もしかして間違った選択をしてしまっただろうか。
 
 髪を横に流した私の後ろに回った瑞樹くんの手が震えている。いつもは生意気で、怖いもの知らずだと思うほど肝が据わっているのに。たかだかネックレス一つつける行為に戸惑っている彼からの愛情を痛いほど感じた。

「できた。こっち向いて」

 瑞樹くんの声は私を甘やかす。全てを許してくれそうなその声に狡い私は逆らわない。

「すげぇ似合ってる」

 どうして瑞樹くんが泣きそうなの?ふと、彼の涙も甘いのだろうかと場違いな疑問が頭をよぎった。

「ありがとう。大切にするね」
「うん……。ねぇ、香澄さん。俺があなたを幸せにするよ」

 澄んだ、迷いのない声だった。

「そのかわり、俺のことも幸せにしてよ。俺は香澄さんがそばにいてくれたらそれだけで幸せだから」

 私の手の中は空っぽだ。今日、あの場所で空っぽにしたのは瑞樹くんからの愛情を受け取るためだった。
 なのにどうして、すんなり受け入れる言葉が出てこないのだろう。

 透、あの曲の歌詞は私宛のラブレターなのでしょう?
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