ここではないどこか

 不謹慎だが、喪服も様になるのだなぁと透を見て思った。セットされていない目にかかりそうな前髪が、憂いを帯びた顔にさらに影を作り、より一層儚く見えた。
 私はほぼ面識がないのだが、透は小さい頃からおばあちゃんによく面倒を見てもらっていたらしかった。
 病気で入院していたとはいえ、おばあちゃんはあと少しで90歳にもなろうかという高齢で、世に言う大往生というやつだ。お葬式に湿っぽい空気はあまりなく、それどころか透の存在に浮き足立つ参列者もいるくらいだった。

 火葬の間、伯父さん夫婦の娘、つまり私たちの従妹である女の子が透に話しかけてきた。

「透くん、サインってもらえますか?」

 透は少し困ったように眉を下げ「お葬式の後なら」と返事をした。

 その言葉通り、収骨が終わった14時過ぎにサイン色紙を持って現れた美優ちゃんは、透にかわいい笑顔で再度お願いをしていた。
 この2人は血縁関係でありながら、結婚もできるんだもんなぁ……うらやましい……自然と湧き上がる羨望に私はすぐに蓋をした。
 アイドル黒岩透として接する姿を見て心底安心している私にも辟易する。


 「今日、この後仕事があるから」

 透は葬儀が終わったその足で自宅へと帰って行った。
 忙しくてなによりです。透は私に目も合わせてくれなかった。
 
 私は今回のお葬式を、故人を悼む場より透に再び会える場と認識していたことに今更気がついた。そして透の中で私の存在が完璧に過去の物になっていることを突きつけられ、自分勝手に傷つき悲しんでいるのだ。
 救いようがないと思った。私は救いようのない愚か者なのだ。
 ただ今回、透が前を向いていることを明確に突きつけられたことにより、私も前を向こうと思った。やっと向けると思った。
 何度も行ったり来たりしてしまったけれど、もう本当に振り返らない。

 私も自分の家に帰ろう。本当に心から瑞樹くんと向き合おう。
 引き出しで寂しく待っているであろうネックレスをつけるために、帰ろう。
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