冷徹な恋愛小説家はウブな新妻を溺愛する。
「ちさと。千聖、一体どうしたと言うんだ」
コンコンッと控えめにノックする仁さんの声が本当にわたしの事を案じている風に聞こえるのが更に腹立たしく思えた。
忘れてはいけない。
わたし達は契約上の夫婦だ。
愛し合って結婚したわけではない夫婦。
そんなの、初めからわかってた事だし、わたし自身それでいいと承諾して入籍したのに。
なのに、なんなの?この煮えたぎるような激しい怒りは。
仁さんがわたし以外の女の人と会ってたとしたって、わたしはどうこう言える立場じゃないのに。
それなのに、どうして…。どうしてこんな気持ちになるの?
悔しい。悲しい。
わたしはどうしたって、仁さんに触れても貰えない…。
「っっ、」
これがどう言う感情なのか解らないまま、涙だけが次から次へと溢れ出る。
「千聖。泣いて、いるのか…?」
ドア越しに聞こえるわたしを慈しむような声にも、わたしの怒りは煽られる。
「…キライ」
「千聖?」
「仁さんなんて…大キライッ」
「っ、」
わたしの言葉に仁さんが息を呑んだのが伝わってくる。
「ちさっ…、」
「わたしが余りにも子供だから?契約上の妻で愛情がないから?だからなのっ!?」
今まで耐えて来たこころのなかのダムが決壊した。
「?何のことだ…?」
「っ、とぼけないでよ!仁さんに女物の香水の匂いがこびりついてるの!わたしには一切手を出さないのに女遊び?それとも遊びじゃなかったりする?だったら今すぐに離婚してこの家出て行くから安心していいよっ!」
もう自分でも何を言っているのか訳がわからない。ただ感情のままに言葉を吐いた。
今までの人生でこんな事一度もなかったのにーー。