鵠ノ夜[中]



「それでは、お風呂にされますか?」



「……あなた時々わたしに対して意地悪よね」



「そうですか? 雨麗様ほどでは無いかと」



どういう意味よ、と眉間を寄せるわたしのことなんて気にせず、彼がわたしとくちびるを合わせる。

そもそもどうして彼が本邸にいるのか。今わたしのところにいるのか。当たり前のように触れ合ってしまうこの状況も、"普通"じゃありえない。



なんて、本当は、色々思うことがあるのに。

キスでほだされて、疼く気持ちを抑えきれない。



「ん……っ」



まだ誰も眠らないこの時間に。

最奥にあるわたしの部屋のそばを誰かが通ることはほとんど無いけど、それでも時折家の中の物音や声は聞こえてきたりするわけで。




「先日の誕生日の分、いま頂きますね」



外に声が漏れないようくちびるを薄く食むわたしに、小豆が囁き掛ける。

思考に靄がかかって、ロクに何も考えられない。そのくせ触れられる分だけ、身体は正直に熱を上げていく。



「ああ、言い忘れてたんですが。"雨麗様がこれ以上『モルテ』に関わらないように見張っておけ"と、旦那様からのご命令ですので。

……明日より、あなたのお傍に戻していただけることになりました」



「え、」



まだ彼が、わたしの専属から離れてそんなに経っていないのに。

しかも離れた理由がわたしと彼の間にある不純な関係性であることを理解しているはずなのに、お父様が一度出した命令を下げるなんて珍しい。



「ですから、今日は見逃してください」



とてもゆっくりと、身を沈めた彼が。

耳元でくれる愛の言葉に、同じものを返したかったけれど。……言えない気持ちがどうか、この腕から伝わってくれたらいいのに。



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