契約結婚は月に愛を囁く
 あれ以来、夢を見る事はなくなった。
 いつも気付くと朝。 何事もなく平穏に、ハンナがカーテンを開ける音で目覚めるのだ。

『おはようございます、メリル様。 気持ちの良い朝ですよ』

 平和な、ただの一日であり、私には大切な無の時間。
 何も考えない、何も起きない、過ぎ行くだけ。 消えて無くなりそうな私という存在が辛うじて留まる事のできる、何もない場所。

 ジョージが言っていた。

『月は人を狂わせます、良くも悪くも』

 だとしたら、私は宵闇に酔ったのかもしれないと思った。
 心地悪くはなく、どこかフワフワして飛んで行きたくなるような。
 私が飛んで行ったら、カークス様は捕らえて下さるだろうか。

『どこへ行くのだ』

 そう言って抱き締めて下さるだろうか。
 そんな風に夢見ながら寝入る事はたくさんあるのに。

 あの日の夢はきっと赤い月が持たらしたのだ。
 カークス様の想いとアイリス様の想いがトライアングルな形として。
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