Diary ~あなたに会いたい~
 父親は、はっとしたように俺を見つめ、
そして小さく頷いた。



------誰にでも愛される権利はある。




 この父親が口にしたことは至極当然で、
やはり、責める気にはなれなかった。親のエゴ
であることに変わりはなくても、真実を知らさ
れたあの男が、弓月の元を去らないという保障
はどこにもないのだ。
 弓月自身も、そう感じていたから、真実を隠し
続けたのだろう。いつか、必ず、ふたりの幸せが
終わるということを知りながら……。
 傍らのベッドに眠る、ゆづるに目を向ける。

 同じように、彼女も俺を失うことを恐れてくれ
ていたのだろうか?
 自分が、戸籍上は存在しない交代人格だとい
うことも、もう、この世にはいない義兄に、俺が
似ているのだということも、何ひとつ本当のこと
を告げないまま、眠ってしまった。

 「あなたが酷い人間だと言うなら、俺も同じ
です」

 俺はゆづるの顔を見つめながら、ぽつりと
言った。視界の片隅で父親が首を傾げる。俺は、
ごく穏やかな声音で、ゆづるに語りかけるよう
に、言葉を紡いだ。

 「俺は、彼女の心が壊れてくれて、良かったと
思っているんです。本当に。二人も人が死んで
いるのに、そのことさえも、俺にとっては、
ゆづるに出会うための……必然でしかない。
だから、彼女の記憶に埋もれている、二人の死の
真相に興味はないし、ましてや、病が治って欲し
いだなんて、1ミリも思ってもいない。ただ、
ゆづるが戻ってくれれば……誰が傷つこうと、
俺は構わないんです」

 微かに、ゆづるの睫毛が揺れた気がした。
 けれど、やはり、彼女は目覚めなかった。
 もしも、今の言葉がゆづるに届いていたなら、
「バカじゃないの?」と、頬を染めて顔を背けて
いたに違いない。

 その横顔を想像して、つい、綻んでしまい
そうになる口元をきつく結んで、父親を向く。
 怒りではなく、哀れみにも似た感情を瞳に
映して、父親は俺を見ていた。

 「あなたまで、こんなに傷つけてしまって」



-----誰が傷つこうと構わない。



 そう、告げたばかりの口から、謝罪の言葉が
漏れる。俺は、はっ、と自嘲の笑みを浮かべ、
首を横に振った。

 「謝らないでください。いま言った通り、俺
だってエゴの塊なんです。それに、弓月さんの
彼と違って、俺はどう傷つけばいいのかも、
わからないんです。真実を知らされなかった
ことに傷つけばいいのか、ただ、死んだ恋人の
代わりにしかなれなかったことに、傷付けば
いいのか……。そもそも、俺はまだ、ゆづるの
気持ちさえ聞いていない。ゆづるにとって、
俺は何だったのかさえ……わからないんです」

 自嘲の笑みを深めて、俺はこめかみを擦った。

 こんな風に、誰かに自分の想いを曝け出した
のは初めてで、急に気恥ずかしさに襲われる。
 父親の顔が見られず俯いていると、父親は
徐に立ち上がり、広いクローゼットから何かを
取り出した。
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