Diary ~あなたに会いたい~
 「これは、あなたでしょう?」

 数冊のスケッチブックを手に、父親が俺の傍ら
に膝をつく。パラパラと、大きなそれをめくりな
がら、ほら、と一冊のスケッチブックを俺に手渡
した。

 瞬間、息が止まる。

 目に飛び込んできたのは、眩いほどの光と工場
夜景を背景に、愛おしそうな眼差しをこちらに
向けた、



-------俺だった。



 「俺……だと思います」

 擦れた声で答える。
 
 弓弦にはある筈のホクロを探すが、口元にそれ
はない。いったい、どうやってこの画を描いた
というのか?俺がこの風景の中に、モデルとして
立った覚えは一度もない。
 なのにそこには、工場の光を髪に照らした、
夜風を背に受けた、俺が微笑んでいる。

 ゆづるに向かって、微笑んでいる。

 「これだけじゃないですよ。これも……これ
も、全部、あなたじゃありませんか?」

 言葉を失くし、目を見開いている俺に、父親が
次々とページをめくって見せる。中には、見覚え
のあるものも数枚あったが、明らかに、初めて
見る画の方が多かった。

 ただでさえ限られた時間を俺と過ごすその合間
に、ゆづるは記憶の中の俺を辿りながら、この画
を描いたのだ。

 愛おしさに胸が詰まって、俺は唇を噛んだ。
 噛んでいないと、口元が震えてしまう。

 「この画を、あなたに見せたかったんです。
これを見れば、どんな言葉も必要ないだろうか
ら……確かに、あの子の心は、1つじゃなくなっ
てしまったけれど、だからといって、その想いが
偽りだと否定することはできないと思うんです。
少なくとも、私はあなたが、弓弦の代わりだとは
思えない。あなたも、そう思いませんか?」

 諭すように、父親が語りかける。
 俺は唇を噛んだまま頷き、そして、画の中の
自分を見つめた。

 「やっぱり、ここに来てよかった。これで、
心が決まりました」

 息を吐くように、そう口にする。
 心が軽くなった。
 父親が、何も言わずに目を細める。
 もう、互いに言葉は要らなかった。

 自分が描かれたそれを静かに閉じて、まだ、
青白い顔で眠るゆづるをじっと眺める。
 
 これから先のことは、何ひとつわからない。
 それでも、この選択を自分が後悔する日は、
きっと来ないだろうと思えた。

 俺は少し冷めたお茶で喉を潤すと、父親に
礼を伝え、その部屋を後にした。
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