腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
正直、最初は商社マンでイケメンな彼のことを条件で見ていた自分を否めない。でも彼はいつも穏やかで優しくて、いつの間にか彼の内面にも惹かれて結婚を決めた。それなりに恋愛経験はあるけど、この人とずっと一緒にいたいと思えたのは彼が初めてだった。

そんな人と本当に一緒になれるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう……。





やがて車は、中央区にあるとあるマンションの地下駐車場で停車する。

そこからエレベーターで部屋に上がり、業者さんの到着を待つ。

重厚感のあるチャコールグレーの玄関ドアを開けると、まずは広くて真っ白な玄関。収納たっぷりのシューズクローゼットまで付いている。

部屋は広々としたリビングに、スライド式のドアで仕切れるタイプの1LDK。こちらも白を基調とした作りで、日当たりも良くてとても明るい。

「うわー! すごく綺麗な部屋!」

ここは航大が内見して契約まで済ませてくれていて、私が足を踏み入れるのは今日が初めてだった。

「単身者向け物件だから少し狭いかもしれないけど、二人きりの間は十分だろ? これから家族が増えたら、また引っ越せばいいし」

航大の言葉に、私は思わず将来の家族像を思い浮かべて顔をほころばせた。

「なんか幸せすぎて怖い」

風を通すために部屋の窓を開けて、私は窓の外の景色を見渡す。この世界で今一番幸せなのは私なんじゃないかと、勘違いしてしまいそう。

「良い景色……でも家賃高そうだけど、大丈夫なの?」

悲しいかな、私はわりと現実主義者。どんなに幸福感に浸っていても、ついつい現実的な問題に目がいくと興ざめするようなことを口にしてしまう。

特に母子家庭でお金に苦労してきたせいか、金銭面にはシビアになりがち。

築浅で地下駐車場付き十四階建ての、しかも最上階。この辺りはタワーマンションが多いから決してものすごく高層階なわけではないんだけど、このマンションは隅田川沿いに面していて目の前には開放的な景色が広がっている。夜にはきっと、都会の煌びやかな夜景が一面に広がるはずだ。

いくら航大が商社勤めで経済的に余裕があるとはいえ、私は退職してしまったしできれば今後に備えて貯金もしたい。この物件は賃貸で住むにはちょっと贅沢な気がする。

「大丈夫だよ。そんなに信用ない?」

しゅんと子犬みたいにしょげて見せる航大に、私は慌てて首を横に振る。

「そうじゃないよ! ただ中央区でこんな物件、絶対お高いじゃん。家賃いくらなの?」

「へへ、秘密ー。お前は金のことなんか気にしなくても良いんだって」

私がいくら尋ねても、そう言って航大はのらりくらりとはぐらかした。

まあ、彼がそういうなら大丈夫だろう。せっかくの幸せ気分に自分で水を差すような真似はしたくない。私はこれ以上、この話題には触れないことにした。







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