腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
そんなくだらないことを考えながら私は部屋に戻る。

「ただいまー」

部屋に戻ると、航大は既にガスや水道の開栓作業もしてくれていた。お風呂場で水を出す音が聞こえる。

私は前のアパートより二倍くらい広くなった脱衣所から浴室に顔を覗かせた。

「うおっ、びっくりしたー」

「あはは、帰ってきたの気付かなかった?」

私が声をかけると、航大が大袈裟(おおげさ)に驚いて()()った。手に何かを握っている。

「なにそれ?」

「ああ……これ、ほら、水道とか未使用のところに()ってある紙みたいなやつ、()がした」

クシャクシャに丸められた紙切れを航大が見せる。

「お風呂掃除ありがと。捨てとくよ」

「おう、さんきゅ」

そう言ってゴミを受け取り、設置したばかりのゴミ箱にそれを捨てた。

その瞬間、ぞわりと全身に悪寒が走ったかと思うと、視界が砂嵐ように歪む。



〈みつけた……私の身体……〉



え?


気付いた時には、私は脱衣所の床に仰向けで倒れていた。



聖南(せいな)っ、大丈夫!?」


気を失ったのは一瞬のことだったみたいで、航大が浴室から飛び出してきて慌てて私の顔を覗き込む。

「うん……ちょっと貧血、かな? 大丈夫……」

そうは言ってみたものの、毎年の健康診断でも貧血なんて指摘されたことないし、むしろ献血(けんけつ)マニアの私が貧血だなんて……有り得ない。

それに何か……声? 聞こえたような……気のせいかな?

そんなことを思いながら、航大に支えられてゆっくりと立ち上がる。

「最後の仕事で気が抜けたんじゃない? あっちでちょっと休んでなよ」

「うん……ありがとう」

私は航大の言う通り、素直に休むことにした。






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