腹黒天才ドクターは私の身体を隅々まで知っている。
また強引に部屋の中に入ろうとした航大を、私も渾身の力で押し返す。

「っ……なんだよっ! 人がせっかく……!!」

あろうことか、航大が拳を振り上げてそれを私に向けて繰り出した。

「きゃっ……!?」

顔を殴り飛ばされ、私はマンションの外廊下の床に強かに身体をぶつけた。顔も背中も熱くなって、後からじんじんと痛い。口の中に鉄錆の味が広がる。

「ちょっと何するのよ……!? 信じらんないっ……!」

なんなんだこの男。ちょっと顔が良いからってやって良いことと悪いことがあるでしょ。ていうか、それがあれだけ酷い裏切り方をしておきながら復縁を頼む態度なのか?

私は外廊下の床に尻もちを付いたまま航大を睨む。そんな私に構わず、航大は私に馬乗りになって肩を掴む。

「とにかく俺と寄り戻してくれよっ!! 頼むよ!!」

「嫌に決まってるでしょ!? 私にはもう別の人がっ……!!」


その時、エレベーターがこの階への到着を知らせるベルが鳴った。

まさか。

嫌な予感。私は座り込んだまま、咄嗟にエレベーターの方へと視線を向ける。

「……貴女達、何をしているんです?」

やっぱり。

嫌な予感は的中。そこにやって来たのは紛れもなく鷹峯さん、その人だった。

「た、鷹峯さんっ……なんでっ……?」

普段ならこの時間、鷹峯さんはまだ仕事のはずだった。それなのに何故こんな早い時間に……。

この前の美怜先生との逢瀬の時、たぶん全く同じことを鷹峯さんも考えていたに違いない。

鷹峯さんは、口の端から血を流している私が無様にも尻もちをつき、その上航大に馬乗りされているのを見て全てを悟ったようだった。

普段は飄々としていて掴みどころのない笑顔を絶やさないくせに、今は何だか怖い顔でこちらを見つめていた。

「あ? ……あんた、確か隣に住んでる……」

さすがにこの状態では分が悪いと思ったのか、航大は不貞腐れた顔をしながらも私の上からどいた。

「聖南、大丈夫ですか?」

鷹峯さんが私に駆け寄り、身体を抱き起こしてくれる。

その腕の中は、やっぱり温かくて安心する。今の私の居場所はここなんだ。

「すみませんが、今彼女と一緒に住んでいるのは私なんですけど。彼女との復縁は諦めて、お引き取り頂けますか?」

鷹峯さんの言葉に、航大は目を細めてこちらを睨みつけた。

「住んでる? 一緒に……? え、お前もう新しい男できたのかよ……このアバズレが」

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