離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
 ひどく怯えている慶介の腕を力強く捻り上げ、静かな怒りをこめて忠告する。
「今度俺の妻に触れたら、お前は三鷹財閥から除名だ」
「ひっ……、申し訳ございませんでした!」
「不快だ。紙屑を拾って出ていけ」
 もうこいつには、ここの敷居は跨がせない。絶対に。
 情けないほど焦った様子で部屋を出ていく慶介を、憐れんだ目で見送ってから、ちらっと花音に視線を移した。
 花音は、慶介と同じように怯えた目で俺のことを見つめている。
 その距離感のある反応になぜか苛立ち、俺は気づいたら彼女の顎を掴んでいた。
「一年半ぶりに会った夫に……、何か言葉はないのか」
「お、おかえりなさいませ……」
 本当は、離婚届は、言われた通り明日出す予定でいた。
 しかし、この一年半、花音の怒った顔や泣いた顔が頭から離れなかった。
 出産も育児もひとりで抱えてきた彼女に、今さらかける言葉が見つからない。
 彼女はこの一年半本当に、ただの一度も俺のことを頼らず、まったく俺と交わらない人生を歩んでいたのだ。
 花音が、とても遠い存在に感じた。
 それがこんなにも、胸を苦しくさせるだなんて。
 必死に言葉を探していたその時、突然障子に穴が開いたかと思うと、小さな指が顔を出した。
 それを見た瞬間、花音は血相を変えて俺から離れると、障子から入ってこようとする人物を隠すように抱きしる
 そこには、よちよちという効果音が聞こえてきそうなほど愛らしい赤ん坊がいた。
 この子が、小鞠……。
 父親としての実感など、離れた場所では正直あまり感じられなかったし、感じる資格もないと思っていた。
 でも、写真でしか見たことがなかった小鞠を目の前にした瞬間、言葉にできない感情がふつふつと生まれてくる。
 “守ってあげたい”という感情が、まさか自分の中にもあっただなんて……。
「小鞠ちゃん探したわ! ちょっとお手洗いに行った隙にこんなところまで……あっ、障子に穴空いてる! って、あら、黎人さんもういらしてたの!?」
 数秒後慌てて入ってきた義母に挨拶するも、彼女は俺たちに気を遣いあっという間に部屋を出て行ってしまった。
 久々にお会いしたというのに、時間にして三十秒にも満たないほど、慌ただしい挨拶となってしまった。
「パーパ」
 偶然だと思うが、無邪気にそう呼ばれ、俺は言葉を詰まらせる。
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