離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
「待ってください、今は本当に申し訳ないと思っています……! バカなことをしました。代表の幸せを奪うことが本望ではなかったはずなのに、奥様の恵まれた環境に勝手に嫉妬し、幼稚な返しをしてしまいました……。異動も受け入れます。どうか奥様に謝罪をさせてください……!」
 俺を見上げながら必死に何かを訴える鈴鹿の声が、どんどん遠のいていく。
 まずい、怒りで急に血圧が上がったせいだろうが。
 俺は一瞬意識を手放すと――、ガクンとその場に崩れそうになる。
「代表!? どうしたんですか」
「ぅっ……」
 床に倒れそうになった俺を、鈴鹿が慌てて抱き留めた。
 傍から見たら抱きしめあうような体勢になってしまい、死ぬ気で意識を保とうと目を開ける。
 しかし、その直後、今一番聞きたくない音が聞こえてしまった。
 コンコンというノック音の後に、「失礼します、花音です」という控えめな声が聞こえてくる。
「黎人さん……? え……」
 ゆっくり開いたドアの隙間から、鈴鹿の肩越しに彼女と目が合った。
 花音は見る見るうちに瞳を絶望の色に染めて、その場に立ち尽くす。
 鈴鹿もさすがに慌てた様子で振り返り、「違うんです、これは……!」と叫ぶけれど、その声を聞いた瞬間花音はより一層瞳から光を失った。
 そして、低い声で力なく、恐ろしいほど冷静に、ぽつりとつぶやく。
「ああ、その声。あなたが……」
「花音、待ってくれこれは……、ぅっ……」
 すぐに鈴鹿から離れたが、再び眩暈に襲われ、そばにあったデスクに手をつく。
 花音は驚くほど冷静な様子で、怒るでも悲しむでもなく、ただ静かにこの状況を受け入れている。
 そして、信じられないほど冷たい声で、一言言い放った。
「離婚届、今日必ず出してください」
「奥様……!」
「今度こそ、さようなら」
 そんな言葉が部屋に響いた直後、静かにドアが閉まる。
 霞んだ景色の中で、俺は彼女の名前を呼んだ。
 
 どうして、こんなにも俺たちはすれ違ってしまうのだろう。
 親に決められた運命の糸なんかじゃ、上手くいきっこないということなんだろうか。
 花音の本音を聞く前に、自分の本音を話すべきだったな。
 ……花音。俺は君に、謝りたいことが、山ほどある。
 俺はぼんやりとそんなことを思いながら、その場で意識を手放した。
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