俺様御曹司は無垢な彼女を愛し尽くしたい
戸惑う心の行き先
その日の定時近く、内線電話を受けた奈々は相手の剣幕に対してとにかく謝っていた。

経理部門に提出した伝票書類に不備があったのだ。その伝票作成を担当したのは奈々ではなかったが、担当者が不在であるということと電話に出てしまったことが重なって、そのまま経理部門からのお叱りを代わりに聞くはめになってしまった。

ようやく説教が終わり受話器を置くと、奈々はふうと小さくため息を吐く。

「大丈夫? ずいぶん怒られてたみたいだけど」

「うん。月末だから経理もピリピリしてるみたい」

「でも奈々が怒られることはないじゃない」

「まあそうなんだけどね」

「飴でも食べて元気だしな」

「ありがと、朋ちゃん」

朋子から飴をもらうと、ぱくりと口に入れる。ほどよい甘さが口いっぱいに広がって、少しばかりやる気が出た。

不備がある伝票というのは支払いに関係する重要なもので、更に期限が差し迫っているため今日中に修正して提出しなくてはいけないとのことだ。

奈々は時計を確認する。定時まであと十五分、担当者は不在。これでは確実に定時間内では間に合わないことが明白である。

奈々は残業になることを覚悟して、また小さく息を吐いた。嘆いていても仕方がない。どちらかというと嘆きたいのは経理部門だろう。修正した伝票の最終確認と最終処理は経理部門なのだから。

奈々はメモをした伝票番号をパソコンのシステム画面に打ち込み伝票データを検索する。出てきたデータをひとつずつ丁寧に見直し修正をかけていくのだ。単純な作業だが、今度こそミスをしないように慎重に進めなければいけない。

いつの間にか作業に没頭していて、気付けば外はもう薄暗く、とっくに定時のチャイムも鳴り終わって残業時間に突入していた。奈々の部署は普段から残業する社員が少なく、フロアにもあと数人が残るばかりだ。そういえば朋子も「お先にー」と帰って行ったことを思い出す。

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