初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

3 声

航太が茜とメールをするようになって、2ヶ月ほど経ち、季節は確実に秋を深めていた。
初めてメールをした日から、多少間が開くこともあったが、2人はメールのやり取りを続けていた。
内容はお互いのことや仕事のことが中心だったが、航太にとって教師というのは、役としてもやったことのない未知の世界で、学生側からでは分からない教師の仕事を知ることができるのは、単純に興味深くもあった。



スパノヴァは秋から20周年ツアーの後半戦を再開させていて、今日はF県のFアリーナでライブだった。
この20周年ツアーでは、なるべく全国各地のファンに感謝を届けようということで、東名阪などの大都市圏以外の、普段はなかなか行けない地方のアリーナクラスの会場も日程に組み込まれており、このFアリーナも初めての会場だった。



最後のリハが終わり、メンバーは各々好きなように本番までの時間を過ごしていた。
航太は、マッサージから楽屋に戻ってきた後、今度出演予定の舞台の台本を読もうと、自分のバッグから台本を取り出して、楽屋のソファに腰を下ろした。
ローテーブルを挟んだ向かいのソファには琉星がいて、彼は横になって寝ているようだ。
一仁は隣のテーブルで、パソコンの前で渋い表情のままディスプレイとにらめっこしており、暁は航太と入れ違いになったのか、今は楽屋にいなかった。
なお、琉星と一仁の様子は、楽屋ではもはやおなじみの光景である。
そんな二人の様子に目を細めながら、航太は台本を開こうとした。


と、その時、まだ茜からのメールを返信していないことを思い出す。
集中して台本を読むためにも、航太はパンツのポケットからスマホを出して、受信ボックスのアイコンをタップし、茜から来たメールを開く。



『じゃあ今日からF県なんですね!
たしかF県は日本酒が美味しかった記憶があります。
航太さんは、日本酒飲まれますか?
ちなみに、こちらはようやく中間テストが終わり、差し迫った地区大会に向けて、
稽古再開です。』



改めて茜のからのメールを読み返し、航太は返信のマークをタップして、返信を打ち始める。



『いい情報ありがとうございます。
帰りにいいヤツを買って帰ろうと思います。
日本酒、好きですよ!茜さんはお酒好きですか?
そろそろ稽古も詰めの時期ですね。
頑張ってください。』



内容におかしなところがないか再度確認してから、航太は送信ボタンを押した。



「なーにニヤニヤしてんの?」
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