初老アイドルが一般人女子との恋を成就させるまで

2 繋

佐々木茜は、目の前にある11桁の数字を見つめて、頭を抱えていた。
『090』から始まるそれは確かに携帯番号で、この番号を携帯で入力して発信すれば、この電話番号の持ち主にかかるだろう。
問題は、この携帯番号の持ち主だ。



持ち主の名前は、小倉航太。
人気アイドルグループ『supernova』のメンバーでリーダーだ。
「ハロー,your タウン」という番組のロケで、茜が顧問を務める演劇部にやってきて、その帰りがけにこの番号を伝えてきた。



正直、全く予想していなかった展開に、茜はパニックだった。
しかし、これは絶対秘密にしなければいけないとすぐに思い至り、携帯番号が他人の目に触れないように細心の注意を払って、ひとまず自宅に持ち帰ってきたのだった。
それから早2時間。
外はすっかり日も落ち、夜の帳が下りてきていた。



だが、茜の頭の中はいまだ整理がつかないままだ。
そもそも、なぜ彼は自分に携帯番号を教えてくれたのか。
普通に考えれば、相手は自分に恋愛までいくかはおいておいても、好意を抱いていて、自分と繋がりを持ちたいということだ。29年生きていれば、これ位は分かる。
だけど茜には、その理由が分からない。
これまで面識があってというならまだ分かるが、航太とは今日初めて会ったのだ。
それでも、自分と繋がりを持ちたいと思ってくれたであろう事実は、茜の頬を自然に緩ませる。



が、次の瞬間、別の考えが彼女頭に浮かび、ぐっとみぞおちの奥が重くなるような感覚が襲う。
もしかしたら、揶揄われただけなのではないか、と。
この携帯番号にかけても、「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません」という無機質なアナウンスが流れるだけなのではないか。
教えてもらった時の自分の様子を思い出して、馬鹿な女だと笑っているのではないか。



航太はアイドルだから、テレビなどのメディアで目にする機会はたくさんある。
それを見る限りは、人の気持ちを弄ぶようなことはしなさそうな印象が、茜にはある。
だが、果たしてそれは本当の航太なのだろうか。
自分たちが目にしている航太は、ただの虚像なのではないか。
もちろん、それは茜には分からない。
だけど、あの時「気が向いたら、連絡して」と言った航太の目や声が、嘘をついているようには茜には思えなかった。
曲がりなりにも演劇部の顧問として演出を担当している茜は、目の間の人物が本当に思って言っているのか、何も思わずに嘘で言っているのか、ある程度見分けることができる。
あの時の航太は、本当に心から思って言ってくれたと、茜には朧気ながらも確信があった。
ただ、相手は“芝居お化け”とあだ名される航太だ。
自分の確信が間違っている可能性も大いにある。
答えの出ないこの問題に、茜は何度目か分からないため息をついた。
< 7 / 44 >

この作品をシェア

pagetop