【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
32 俺が教えるから
 家を出て、馬車移動をして、苺の串を食べただけ。
 なのに、すでにかなり疲れている。

 ピンクのワンピースの気疲れもあるが、クロードで疲れた部分が大きい。
 だが、何だろう。
 疲れたのは間違いないのに……ドキドキする。

「ほら、行こうアニエス」
 差し出された手を取れば、クロードは笑みを返してくれて。
 それがまた、鼓動を跳ねさせる。

 フィリップと長年婚約していたのに、こんなことは今まで一度もなかった。
 これはフィリップとアニエスがおかしかったのか、それともクロードの方がおかしいのだろうか。

 二人の何がこんなに違うのだろう。
 ……いや、だいぶ違うか。


「……何を考えているの?」
「ちょっと、相違点を」
「フィリップ?」
「何故、わかるのですか」
 驚いて隣を見上げると、クロードが困ったように微笑む。

「そりゃあね。アニエスにとって家族以外でまともに接していたのは、フィリップくらいだろう? ということは、すべての基準がどうしてもフィリップになるんだよ。以前にも俺に優しいって言っていたけれど、あれもフィリップの対応と比較したんだろうし」

 そう言われれば、確かにそうかもしれない。
 ずっと平民育ちだったし、家族以外でまともに接した貴族の男性はフィリップだ。
 その後、ほとんど他の人と接することもなかったので、基準になってしまっているのかもしれない。

「そう……みたいです。すみません。今後はもっと色々な男性と接して、基準をもう少しまともにしようと思います」

 フィリップが何だかおかしいというのは、アニエスにもわかる。
 だが何がどうおかしくて、本来どうあるべきなのかは、さすがによくわからない部分が多い。
 これからもっと社交的に生きて行かなければいけないのだから、世の中の普通を理解するのは大切だろう。
 真剣に今後の抱負を伝えると、何故かクロードが額を押さえている。


「基準をまともにするというのは、賛成。でも色々な男性と接する必要はないよ」
「え。でも、フィリップ様以外を知らないと、基準を変えるのも難しいのですが」
「アニエスは男性の基準よりも先に、自分を客観的に見ることが大切かな」
「客観的、ですか」

 現在、アニエスは桃花色の髪がそこそこ厭われている、キノコの呪いの女だと思っているのだが。
 これではいけないということなのだろう。
 だが、これもまた他者と接して学ばなければ、自分だけではわからない気がする。
 クロードは立ち止まると、アニエスの手を胸の高さで包み込むように握り直す。

「大丈夫。必要なことは、俺が教えるから。……ね?」
「ひゃっ」

 何が大丈夫なのかとか、何を教えるつもりだとか。
 聞きたいことは色々あったが、至近距離での色っぽい視線に、小さな悲鳴だけが飛び出した。

 否定したら、何だか怖い。
 だが肯定したら、それはそれで怖い気がする。
 何を言うべきか混乱するアニエスの背後から、突然元気な声が響いた。


「――ああ! キノコブローチのお二人さん!」

 もの凄く納得のいかないくくりで声をかけられたアニエスが顔を向けると、そこには満面の笑みの男性がいた。

「……ああ。このブローチの店か」
 クロードの言葉に思い返してみれば、確かに店主の顔には見覚えがある。
 先程の言葉から察するに店主の方もこちらを憶えているのだろうが、憶え方がちょっと嫌だ。

「相変わらずお兄さんは男前だが、お嬢さんは随分と雰囲気が変わったね」
 店主の言葉にアニエスの肩が小さく震える。
 何を言われるのだろうと緊張するアニエスの手を、クロードがぎゅっと握りしめた。

「女の子らしくて可愛い服だね。落ち着いた色も良かったが、可愛いお嬢さんは可愛い恰好がよく似合うよ。そのブローチも喜んでいるだろうね」

 予想外の反応に、アニエスは何度も瞬く。
 それを横目で見て微かに笑うと、クロードはアニエスの頭を撫でた。

「お兄さんがそのブローチを買ってから、そりゃあ人気が出てね。何でも国の王子様もキノコ型のブローチをつけていたとか、とかいう噂もあって。ちょっとしたブームだよ」
 店主はそう言うと、並んでいるアクセサリーの中からいくつかキノコ型のブローチを出して来た。

「お兄さんが買ったそのブローチは、宝石入りで少しお高いからね。石が入っていないものが良く売れているよ」
「そうですか……」

 とりあえず相槌をうってみたものの、キノコのブローチをつける王子というのはクロード以外にあり得ない。
 まさかのブーム牽引だが、やはり美青年と王子の影響力は凄まじいということか。


「クロード様……?」
 ふと隣を見てみれば、クロードは何かを食い入るように見つめている。
 その視線の先にあったものは……やはり、キノコだった。

 小さなキノコのペンダントトップは透明なガラス細工でできているらしく、キラキラと輝いている。
 ついでにそれを見る鈍色の瞳もまた、キラキラと輝いていた。

「また、キノコですか」
「こんなに小さいのに、傘の裏のヒダまでしっかりと作りこまれている。店主、このキノコの造形も素晴らしいな!」
「そ、それはどうも……」
 今日もまさかの方向での賛辞に、店主は困惑気味だ。

「アニエスも見てくれ」
 子どものように澄んだ瞳で訴えられれば、拒否するわけにもいかない。

 近付いて見てみると、ガラス細工でできたキノコはツヤツヤと輝き、クロードの言う通り細部まで作りこまれている。
 柄の横には赤い一粒石が寄り添うようについていて、透明なキノコが石の色を引き立てていた。


「……可愛いですね」
 呟いてすぐに失言に気が付いて口に手を当てるが、クロードと店主が笑みを浮かべるのは同時だった。

「あ、あの。そういう意味では……」
 慌てて訂正したが、時すでに遅し。
 店主と意気投合したクロードは、ピンク色と青の石がついた二つのペンダントをさっさと選んでしまった。

「これはお礼として、私からプレゼントしますよ。……そのかわりと言ってはなんですが、これを身に着けて街を歩いていただけると助かります」

「宣伝か。ちゃっかりしているな。まあいい、厚意に甘えよう」
「ええ? でも、それは」
 いつの間にかペンダントを包装したらしい店主は、包みをクロードに手渡すと笑顔で手を振った。


 クロードに手を引かれ、笑顔の店主に見送られると、そのまま街中を歩く。
 色々気になるが、今一番気になるのはクロードの肩に生えているキノコだ。

 小さな青い傘がガラス細工のようにキラキラと輝いているのは、ピクシーズパラソールだろう。
 何となく先程のペンダントのキノコに似ている気もするが、まさかそれで生えてきたのだろうか。
 本当に、どこまでキノコの感度は上昇するのか怖くなる。

 このままではアニエスの周りはキノコだらけで、近付くことも困難になりかねない。
 だが、そうなってもクロードは嫌がらないだろう。
 ……いや、むしろ嬉々としてキノコを愛でるに違いない。

 その姿がありありと想像できて、アニエスは小さく笑う。
 あんなにキノコが生えるのが嫌だったのに、クロードを見ているとキノコが生えるのも悪くないような気になってくる。

 自分の心の変化に戸惑いつつも、少し嬉しくて。
 アニエスは口元を綻ばせながら、クロードと一緒に街の中を進んで行った。


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今日も控えめの1キノコです。


【今日のキノコ】

ピクシーズパラソル(妖精の日傘)
青い傘がガラス細工のようにキラキラ輝くキノコ。
長さが2cmほど、厚さは2mmほどと小さく、壊れやすい。
毒があって食べられない……こんなに小さいのに、試した勇者がいるらしい。
ガラス細工のキノコを見て、自分も褒めてほしくて生えてきた。
ペンダントになってアニエスの首にぶら下がるのが目下の夢だが、そのためには体を鍛えなければいけない。
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