【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
35 王弟・グラニエ公爵
「うん。今日も可愛いね」
 舞踏会の会場である王宮に到着すると、クロードはあらためてアニエスを見て微笑んだ。

 今日のドレスはスカート部分に艶のある黄色の生地が使われていて、この時点で既に華やかだ。
 ビスチェは紺色のレースで覆われていて、とても大人っぽい。
 ウェストには同じ紺色の艶のあるリボンが巻かれ、背部で結ばれたリボンの端はスカートに沿って長く垂らされている。

 スカートの裾にはビスチェと同じレースがあしらわれ、全体的に黄色と紺色のコントラストが美しい。
 手袋にも紺色のレースが使われていて、胸元には黄水晶(シトリン)の首飾りが光る。
 髪には紺色のレースを使った大きな花の飾りがつけられて、桃花色の髪の上で鮮やかに咲き誇っていた。

 ひとつひとつを見れば、少し大人っぽい華やかな装い。
 だが、紺色のレースやリボンが何を意味するのか考えてしまえば、恥ずかしさが前に出てきてしまうのも仕方がないと思う。

 頭から足元まで使われている紺色は、クロードの色。
 言い換えれば、全身がクロードに包み込まれているのだ。


「俺の番だって言えないから。せめてこれくらいはしないとね」
 その言葉に同調するかのように、クロードの腕にキノコが生える。
 濃い青色の傘は、コンイロイッポンシメージだ。

 クロードは楽しげにキノコをむしっているが、これは笑い事ではない。
 地味で目立たないフィリップ仕様のドレスが少しだけ懐かしくなり、慌てて首を振る。
 あれはアニエスやルフォール家のための装いではなく、フィリップのよくわからない意向だった。

 対してこのドレスは、ちょっと心に負担はかかるものの、アニエスを想ってクロードが用意してくれたものだ。
 どちらを選ぶという以前に、比較するに値しないはず。
 だから、このドレスでいい……はずだ。

 自身を必死に説得している間に手を引かれて会場入りすると、今日も各所からの視線が痛い。
 だが自分自身への説得に夢中なおかげで、そこまで気にならなかった。


「――叔父上!」
 クロードの声に我に返ると、ちょうど向こうから一人の男性が歩いてくるところだった。
 国王とよく似た雰囲気の壮年の男性は、クロードに気付くと笑みを浮かべて手を上げる。

「叔父上、お久しぶりです」
「久しぶりだな、クロード。いい笑顔だ。……そちらのお嬢さんが?」
 公の場なので番という言葉を出してはいないが、恐らくそれを示唆しているのだろう。
 アニエスは慌てて礼をした。

「アニエス・ルフォールと申します」
「セザール・グラニエだ。甥が世話になっているようだね」
「こちらこそ、クロード様には沢山助けていただいています」

 王弟であり、王位継承権第三位の公爵と聞いていたので、もっと威厳ある硬い雰囲気なのかと思っていたが、予想外に親しげなので調子が狂う。
 だがアニエスに対して優しい視線を向けてくれるところは何となくクロードにも似ていて、おかげで緊張が少し解れるのがわかった。

「そんなことないよ、気にしないでアニエス」
「仲睦まじいのはいいことだ。……見つかって良かったな、クロード」
「はい。ありがとうございます」

 番が見つからなければ竜紋持ちはいずれ衰弱するというのだから、ただ婚約する相手が見つかったのとはわけが違うのだろう。
 グラニエ公爵がクロードに注ぐ眼差しの優しさに、何だかアニエスの方が切なくなってきた。


「そうだ。シャルルが届けてくれたケーキは、君が作ったんだって?」
「は、はい」

 シャルルはアニエスの名前を出さないと言っていたが、どうやらバレているらしい。
 もしかして美味しくないという苦情だろうか。
 アニエスは何を言われても動じないように、気合を入れて背筋を伸ばした。

「そんなに緊張しないでくれ。君の名前もシャルルを問いただして言わせたのは私の方だから、あの子を責めないでくれると嬉しい」
「責めるなんて、そんな。あのケーキを作ったのは私ですので、私の責任です。申し訳ありませんでした」

 シャルルが持っていったケーキだが、アニエスもそれを承諾している以上、無関係ではない。
 だが、甥を問いただして製作者を割り出すほど口に合わなかったのかと思うと、申し訳なくなってきた。

「謝ることはないよ。とても美味しかった。あれを食べてから何だか調子が良くてね。今日もここに来ることができた。君に会ってお礼を言いたかったんだよ。――ありがとう」

 アニエスが作ったものに対する、感謝の言葉。
 家族やクロード以外では、ほとんど聞くこともなかったそれに、何だか胸がいっぱいになる。

 ずっと厭われて、目立たぬようにと気を付けていたけれど。
 こうして認められるだけで、お礼を言われるだけで、自分はここにいていいのだと実感できて……何とも言えない幸福感が溢れてくる。


「あ、あの。よろしければ、これも……」
 クロードのポケットに入れてもらっていた小さな瓶を差し出す。
 精霊の力で生えた薬草を収穫し、乾燥させて錠剤に加工したものだ。

 見た目は紫色のグラデーションで決していいとは言えないが、ただの葉っぱを持ち歩くよりは場所も取らないし、日持ちもする。
 グラニエ公爵は不思議そうにしながらも、瓶を受け取ると、じっと中身を見つめている。

「体調がすぐれないと伺いましたので、私が……その……育てた、薬草です」

 精霊にお願いして生やした薬草というのは、さすがにこの場で言わない方がいいだろう。
 そう思った結果の言葉だが、これでは初対面で家庭菜園の収穫物を押し付ける人ではないか。
 相手は王弟の公爵なのだから、さすがに失礼だ。

 失敗した。
 クロードから、こっそり渡してもらえば良かった。
 後悔しつつも瓶を取り返すわけにもいかず言葉に詰まるアニエスを見て、グラニエ公爵が苦笑した。

「ありがとう。……それにしても、随分とキラキラした粒だね」
 アニエスには毒々しい粒にしか見えないが、この口調から察するにグラニエ公爵もシャルル同様()()()人なのだろう。

「君は、色んなものに愛されているのだろう。ありがたく、これは貰っておくよ」
 グラニエ公爵はちらりとクロードを見、視線を交わすと共にうなずいた。

「アニエス嬢。クロードを頼むよ」
「は、はい!」
 グラニエ公爵は鈍色の瞳を細めると、小さく手を振ってそのまま行ってしまった。


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【今日のキノコ】

コンイロイッポンシメジ(紺色一本占地)
濃い青色の傘を持つキノコ。
毒はないらしいが、色が色なので食べてはもらえない。
以前、キノコの話し合いでクロードの髪色に一番近いキノコに認定された、青色キノコ代表。
クロードの色としてアニエスを飾る紺色のドレスに混ざりたくて生えてきた。
紺色具合に自信があったが、キノコなのでむしられた。
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