【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
36 思考が後ろ向きです
「……優しい方ですね」
「そうだね。最近は体調がすぐれないことが多いが、元々は騎士として名高い武勇の人だよ」
「ええ? そうなのですか?」

 武勇の人というともっと厳しくて荒々しい印象だったが、グラニエ公爵は穏やかで優しかった。
 何だか上手くイメージが噛み合わないが、ひとつ原因になりそうなものが思い当たった。

「……いないから、ですか?」
 何がと言わずともクロードにも伝わったらしく、うなずき返される。
「そう。俺もその道をたどるだろうと思って、今のうちに騎士として務めていた。いずれはキノコの研究の方に専念するつもりだったよ」

 そうか。
 クロードも成人した頃から、次第に衰弱していく運命だったのだ。
 グラニエ公爵に会ったことで、その事実が現実味を帯びて迫ってくるような気がした。


「欠点の方が、多くありませんか? いても寿命が延びるくらいで、いないと衰弱するだなんて……極端です」
「まあ、寿命や頭数だけを考えれば、持たない者だけの方が安定するね。でも、きちんと意味があるんだ。……だからこそ、持つ者が王位継承権で最優先事項になっている」

「はい。……失礼しました」
 竜紋持ちだって好きで持っているわけではないし、持たない者も好きでそうなっているわけではないはず。
 欠点だけで比較するなんて、失礼な話だった。

 アニエスだって自身ではどうにもできない髪の色で悩んでいるのに、なんて無神経なことを言ってしまったのだろう。
 情けなくて、申し訳なくて、どんどん俯いてしまうアニエスの頭に、大きな手のひらが乗せられる。

「知らなければ、当然の意見だ。かくいう俺も、何度もそう思ったことがある。……気にしないで」

 クロードもグラニエ公爵も、とても優しい。
 これは、いずれ衰弱するという運命を受け入れた者の強さなのだろうか。
 この人の隣に立つ価値が、アニエスにあるだろうか。

 クロードは優しい。
 だからこそ、それに甘えすぎてはいけない。
 いずれ隣に立つ未来のために、アニエスももっと強くならなければ。


「ああ、やっと見つけたぞ。――クロード!」

 山吹色の髪の青年が、ため息をつきながらやって来る。
 確か、第二王子のジェロームだったはず。
 礼をするアニエスにぞんざいにうなずくと、ジェロームはクロードの肩を叩いた。

「クロード、陛下が呼んでいたぞ。ひとりで行ってこい」
 ひとりとわざわざ言うからには、アニエスが聞いてはいけない話なのだろう。
 王族に挨拶こそしたが、立場はただの伯爵令嬢なのだから、当然と言えば当然の対応だ。
 クロードもそれを察したらしく、ジェロームとアニエスを見てうなずいた。

「わかりました。アニエスはここで待っていて」
「はい」
 ひとりになるのは心細いが、ついて行くわけにはいかない。
 うなずくアニエスを見て微笑むと、クロードは駆け足でその場を去った。

 てっきりジェロームもそのままどこかに行くと思っていたのだが、何故かアニエスの隣に立っている。
 これはクロードに頼まれているのだろうか。
 あるいは、たまたま休憩しているのか。
 話しかけるべきなのだろうか。

 ぐるぐると色んな思考が頭を駆け巡っていると、破裂音と共にジェロームの腕にキノコが生えた。
 鮮やかな黄色の傘は、タモギターケだ。
 こんなタイミングで生えなくてもいいのに、何ということだろう。


「す、すみません!」
 慌ててむしり取ろうとすると、ジェロームに手で制される。

「いや、いい。クロードに聞いている。後であいつに渡しておけばいいんだろう?」
「え? ……はい」

 一体何をどう説明したのかわからないが、キノコはクロードの元に集まるようになっているらしい。
 キノコの変態はキノコの根回しも万全のようだ。
 ジェロームはキノコをむしってポケットに押し込むと、ため息をついてアニエスに視線を移した。

「……まだ、正式に婚約していないそうだな」
「は、はい」
 まさかジェロームから話しかけられるとは思っていなかったので、少し声が上擦る。

「クロードの番なんだろう? 不満か?」
「いえ。そんなことは」
 首を振るアニエスを横目に見ると、ジェロームは山吹色の髪をかき上げた。

「なら、さっさと婚約しろ。クロードが何と言っているかは知らないが、番との距離は近い程恩恵を受けると聞く。見つけた以上、危険ではなくなったとはいえ……いつまでも恋人気分で浮かれられても困る」

「……はい」
 アニエスがそれ以上答えられずにいるのを見ると、ジェロームはため息をついて隣を離れる。

「――自覚を持てよ」
 立ち去るジェロームの背を見送ると、その場で俯いた。


 ……ジェロームの言う通りだ。
 アニエスはクロードに甘えている。

 距離が近い程恩恵を受けるという話は初めて聞いたが、つまり早く婚約すればそれだけクロードの負担は減るということだろう。
 アニエスのわがままでそれを止めていて、クロードはそれを受け入れてくれている。

 こんな風に負担ばかり掛けていて、本当にこの先大丈夫なのだろうか。
 クロードは頼っていいと言っていたが、これではただのお荷物だ。

 なら、急いで婚約して結婚すればいいのだろうか。
 アニエスの心が伴わなくても、番がいればそれでいいのなら……。

「……駄目です。そんなの」

 フィリップと、心が伴わない家のためだけの婚約をした結果を思い出せ。
 クロードのことは好きだけれど、責務のために急いで結婚したらフィリップの時と同じだし……きっと、嫌になってしまう。

『おまえが幸せに笑っていることが、二人にとっても幸せになる』
『もちろん、私とケヴィンにとっても同じだ』

 ブノワの言葉を思い出し、深呼吸をする。
 煌びやかな舞踏会の会場で、華やかなドレスを着た状態では、とても考えがまとまらない。
 この場のアニエスはクロードのパートナーなのだから、様子がおかしいと思われてはいけない。

「……少し、風に当たりましょう」

 ひとりで庭に出るのはさすがに良くないだろうから、とりあえずバルコニーでいい。
 冷たい風を浴びれば、心も落ち着いて頭も動くだろう。


 賑やかな会場の端を移動してバルコニーに出ると、夜風がアニエスの頬を撫で、桃花色の髪を揺らした。
 ゆっくりと何回か深呼吸をすると、夜空に視線を移す。

 クロードの体調を優先するのなら、すぐにでも婚約してできるだけ早く結婚するべきなのだろう。
 フィリップの時と違って好意はあるし、婚約することも問題ない。
 だがそうなればアニエスは王族の婚約者として世間から見られる。
 果たして、番として堂々と振舞えるだろうか。

 クロードは綺麗だと言ってくれるけれど、桃花色の髪は負の要素にしかならない。
 アニエスの存在が足を引っ張るようなことになりはしないか。
 そうして、いつか嫌われてしまうのではないだろうか。
 そこまで考えて、アニエスは苦笑した。

「……駄目ですね。思考が後ろ向きです」

 他でもないクロード自身が、アニエスを選んでくれたのだから、大丈夫。
 あとはアニエスが頑張れば、きっと何とかなる。
 ――大丈夫。
 深く息を吐いて自分を鼓舞し、星空を見上げた。


「……アニエス」

 その時、背後から聞き慣れた……けれど聞きたくなかった声が耳に届いた。


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次話、ついに誰も待っていないけれど頭皮だけ気になるアイツが……⁉


【今日のキノコ】

タモギタケ(楡茸)
鮮やかな黄色の傘を持つ、食用キノコ。
特技は群生で、味も良く、いいお値段。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
以前にクロードにお詫びキノコとして捧げられた経歴がある。
「アニエスをよろしく」とジェロームへの手土産キノコとして生えてきた。
ポケットに押し込まれたのでちょっと窮屈だが、狭いところも嫌いじゃない。
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