【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
43 隣にいるべきは
 ゆっくりと目を開けると、見たことのない天井がある。
 ぼんやりとしたまま顔を横に向けると、黄褐色の髪の青年と目が合った。

「……起きたのか」

 薄暗い部屋の中、何年もの間そばで見ていた鈍色の瞳がアニエスを映す。
 フィリップは椅子から立ち上がると、アニエスのそばにやってくる。
 そこでようやく自分がベッドに寝ていることに気付いたアニエスは、慌てて上体を起こした。

「ここは、どこですか」
 確か、ワトー公爵邸の庭で開かれたお茶会の帰りだったはず。
 使用人の案内で庭を抜けたところまでは憶えているが、そこから記憶がない。

 慌ててベッドからおりるが、靴が見当たらない。
 絹の靴下を履いていたはずなのだが、絨毯の上に立ってみると裸足だった。
 脱いだのか脱がされたのかはわからないが、今はそれどころではない。

 辺りを見回すと、窓の外は夕暮れの色に染まっている。
 公爵邸にいたのは昼頃なのだから、だいぶ時間が経っているのだろう。
 この部屋がどこなのかはわからないが、調度類の質からして、それなりの貴族の屋敷なのだろうということは察することができる。

 何にしても、状況を理解しなければどうしようもない。
 フィリップが座っていた椅子の横に何故かキノコがうず高く積まれているが、あれも意味がわからない。
 もしかするとフィリップもキノコに目覚めたのかもしれないが、恐ろしいので見なかったことにしよう。


「ここは、どこですか」
 同じ質問を繰り返すと、黄褐色の髪の青年は小さく息をついた。

「俺の部屋だ」
 フィリップの部屋……ということは、王宮の外れにある建物か。
 一度だけフィリップの母に挨拶するのに訪れたことはあったが、それ以外では近付いたことすらない。

「……え? じゃあこのベッドは」
「俺のベッドだ」

 まさかの言葉に、背筋がぞくりと寒くなる。
 婚約者だった時でも、フィリップの私室に入ったことはない。
 まして未婚の間柄で寝室に通されることなど、ありえなかった。

「何故、私が、フィリップ様の部屋の、ベッドに?」
 百歩譲って倒れたアニエスを介抱するにしても、自室である必要は皆無だ。
 何故こんな状況になっているのかわからないが、それ以上にフィリップの言動が怖かった。

「話をしようと言っただろう」
「……まさか、そのために私を連れて来たのですか? ワトー公爵邸にいたのに、どうやって?」
「協力者がいてな。……それよりもアニエス。おまえ、クロードと婚約するつもりか」

「――は? それよりも、これは誘拐ですよね? 話をするなら普通に招いて、普通の部屋でいいのでは?」
 混乱しながらもアニエスが訴えると、フィリップは少し怯んだが、すぐに眉間に皺を寄せた。
「余計な邪魔が入ると話ができない」

「その話の内容が、クロード様との婚約ですか? だったら、フィリップ様には無関係だとお伝えしたはずです。――帰ります!」

 王宮の敷地内だというのなら、誰か使用人を捕まえれば道がわかるはず。
 裸足なのはどうかと思うが、靴を探すためにこの部屋に長居する気にはなれなかった。


「――待て」

 立ち去ろうとするアニエスの腕を、フィリップがつかむ。
 その瞬間、ポンという破裂音と共にフィリップの両肩にキノコが生えた。

 大きなイボが特徴的な白いキノコはササクレシロオニターケ、鮮やかな朱色の棒状のキノコはベニナギナタターケだ。
 キノコの姿に一瞬怯んだフィリップだが、すぐにむしり取ると床に投げ捨てる。

「キ、キノコでどうにかしようというのは甘いぞ! まだ話は終わっていない。――いいか。クロードと婚約はするな。おまえは俺のそばにいればいいんだ。ずっとそうだったし、これからも変わらない。アニエスがいるべきなのは、俺の隣だ!」

 一気にまくしたてて荒い息を吐くフィリップを見て、アニエスの中の何かがすっと引いていくのがわかった。

「……わかりました」
「――そうか! やっとわかったか!」
 頬を染めて鈍色の瞳を輝かせるフィリップとは対照的に、アニエスは冷ややかな視線を返した。

「フィリップ様はただの馬鹿だということが、よくわかりました」
「……へ?」
 ぽかんと口を開けたまま固まるフィリップの腕を振り払うと、間の抜けた顔を睨みつける。


「自分は勝手に浮気して婚約破棄しておきながら、私には婚約しないでそばにいろだなんて、ふざけないでください。私はフィリップ様のために生きているわけじゃありません。私は、私の幸せと、それを願ってくれる人のために生きます。――隣にいるべきは、あなたじゃない!」

 アニエスが叫んだ瞬間、フィリップの腕に黒と赤のラッパ型のキノコが生える。
 クロラッパターケとウスターケは何故か揺れていて、モキュモキュという摩擦音が聞こえてきた。
 その音で我に返ったらしいフィリップは、鈍色の瞳に怒りを滲ませる。

「……そんなのは、許さない。アニエスは――俺のものだ」

 低い声に恐怖を感じて離れようとするが、腕を掴まれたアニエスは一気に引き寄せられる。
 その時、アニエスの耳にポンという破裂音が届いた。


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本日は、へなちょこキノコ祭りですよ!


【今日のキノコ】

うず高く積まれたキノコ(アニエスを守り隊)
アニエスが意識を失っている間、フィリップの魔の手からアニエスを守るべく生え、むしられた戦士達。
ぬめったり、とげとげしたり、カラフルにしたりして、フィリップを威嚇し続けていた。
「アニエスに触りたければ、我々を食べきってみろ!」と高らかに笑っているが、キノコなので伝わっていない。
現在、何に調理されたいか真剣に議論中。

ササクレシロオニタケ(細裂白鬼茸)
大きなイボが特徴的な白いキノコで、柄の部分にささくれがある。
全身美白した、ベニテングタケという感じ。
一応毒とされているが可食ともされている……って、怖くて食べられない。
アニエスの身辺や心理状況に心を配る、監視キノコ。
「いまならギリギリで許してやるから、さっさとアニエスを家に帰せ」と訴えたが、キノコなので伝わらず、むしって放り投げられた。

ベニナギナタタケ(紅薙刀茸)
鮮やかな朱色の棒状のキノコで、猛毒キノコのカエンタケに雰囲気が似ている。
毒々しい見た目に反して毒はないが、美味しくもない。
ルックスを活かして料理に彩りを添えることもある。
カエンタケに攻撃された経験のあるフィリップに、「誰かに似ているだろう? アニエスをいじめるなら、あのキノコを呼んじゃうぞ」と警告するために生えた。

クロラッパタケ(「キノコの心配」参照)
黒い漏斗型をしていて、ラッパの様な見た目のキノコ。
別名「死のトランペット」だが、ヨーロッパでは日常的に食べられていて、スープに入れると美味。
……ネーミングがおかしいと思う。
フィリップに言い返したアニエスに「よく言った!」と祝いのファンファーレを鳴らすべく生えてきたが、キノコなので音は出なかった。

ウスタケ(「キノコの心配」参照)
赤いラッパ型の傘を持つ毒キノコ。
消化器系の中毒を起こすが、特徴的な味はない……また、誰か食べたらしい。
ラッパのように音を出したくて特訓中のキノコ。
クロラッパタケと共にファンファーレを鳴らすために生えてきたが、こちらもキノコなので音は出なかった。
仕方がないので、ゆらゆら揺れてクロラッパタケとの摩擦音でモキュモキュと盛り上げている。
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