【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
7 ケヴィンの初恋
「ええ?」
 突然の発言に思わず声をあげてしまう。
 それと同時に、ケヴィンの肩にキノコが生えた。
 灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ちヒョウ柄のようにも見えるキノコは、ヘビキノコモドーキだろう。

「正確には、従姉(いとこ)のアニエス・ミュールが初恋。時々遊びに来る、夢のような髪色の優しい女の子。小さい男の子が淡い恋心を抱いてもおかしくありませんよね?」
 何故かクロードに話を振ったケヴィンに、うなずきが返された。
 ケヴィンがキノコをむしって渡すものだから、クロードは更に深くうなずいた。

「何ですかそれ。初耳です」
「そりゃあ、初めて言ったからね。小さい頃の姉さんは、控えめに言っても妖精の化身かという可愛らしさだったよ。よく笑って、ふわふわした明るい色のワンピースを着て、とても楽しそうにキノコを見せてくれた」
 昔を懐かしんで笑みを浮かべていたケヴィンだが、すぐに表情が硬くなる。

「……でも、あの馬車の事故以来、すっかりふさぎ込んで家から出なくなって。その姿を見て、俺は家族になって支えると決めたんだ。姉さんは、俺と父さんにだけは顔を上げてくれた。その信頼に応えたくて。……だから、今は姉弟だね。姉さんにとっても、そうだろう?」
「ケヴィンは大切な弟です」
 即答するアニエスを見て口元をほころばせると、ケヴィンは大きくうなずいた。


「――ということで、あくまでも親戚だった昔の話。あの頃は本当に妖精みたいで……まさか、こんな面倒な人になるとは思わなかったよ」
 褒めているように見せかけて、貶されているのだろうか。
 少しばかり不満げに頬を膨らませると、面白そうにケヴィンが笑った。

「昔は笑顔でキノコを見せてくれたよ。姉さんが遊びに来た日の食事は、キノコ尽くしだったな」
「それは、夢のようだな」
 すかさず、キノコの変態がキノコに食いついた。

 だが、そうだ。
 昔はキノコが生えても、そこまで嫌ではなかった。
 一体、いつからキノコのことを呪いのように感じ始めたのだろう。

「近所の男の子達に文句を言われて、全員キノコまみれにして。『桃花色のキノコ姫』と呼ばれたあたりから……キノコが生えるのが嫌になっていった気がします」
「あー。それはたぶん、本気で文句を言ったわけじゃないと思うよ。俺が言うのもなんだけど、そのくらいの年頃ってそういうものなんだ。好きな子をいじめて気を引きたいってやつだね」

 いじめて気を引きたいというのはなんだ。
 いじめられて嬉しい人なんていないのだから、気を引くどころか嫌われたり避けられるとしか思えないのだが。
 ……まあ、件の全身キノコまみれ少年は、あの後怯えてアニエスを避けていたが。

「ケヴィンは私をいじめたりしません」
「そりゃあ、あれだけ全幅の信頼を寄せられたら無理だよ。……でも、それが始まりかもね。そのあとに馬車の事故があって、ようやく立ち直った頃にフィリップ様が」
 そこまで言うと、ケヴィンの眉間に一気にしわが寄っていく。

「今思い出しても、腹が立つ。――姉さん、クロード様といちゃいちゃベタベタして。できればフィリップ様のいる夜会とかで、見ているこちらが恥ずかしくなるような幸せオーラを振りまいて」
「何ですか、それ」
「一番の報復だよ」

 にやりと悪そうな笑みを浮かべるケヴィンに、少しばかり将来が心配になる。
 父のブノワといいケヴィンといい、アニエスを大切にしてくれるのはありがたいが、フィリップに報いを受けさせたくて仕方ないのはどうにかならないものか。


「そういえば、最近は公の場でフィリップを見かけないな。元々、そこまで社交的でもないが。……アニエスを失ったショックかな」
 クロードの一言で、アニエスの背筋に少しばかりの悪寒が走る。
 まさかとは思っていたキノコ総攻撃の影響が、現実味を帯びてきた。

「フィリップ様はあれでも一応王族の端くれですよね。今まで殿下と姉さんが顔を合わせたことはないんですか?」
「ないね。あったら()()()。アニエスに初めて会ったのは、フィリップが婚約破棄を宣言した後だ」
「負の偶然ですね。もっと早く殿下に会っていたら……」

 言っても仕方のないことではあるが、確かにそうかもしれない。
 だが婚約する前にでも会わない限りは、結局フィリップの言いなりになっていたかもしない。
 自分ではそこまで自覚していなかったが、フィリップの影響は小さくないようだ。

「……いや、偶然じゃないかもしれない」
 小さな呟きに目を向けると、クロードは口元に手を当てて何やら考え込んでいる。

「フィリップはあれでも王族だ。その婚約者と六年もの間一度も、俺どころか他の王子ともろくに顔を合わせていない。偶然というには無理がある」
「どういうことですか?」

 確かに、思い返せば婚約した後に国王に挨拶をした以外では、他の王族に会うことはなかった。
 皆忙しいのと、王族を外れる予定のフィリップの婚約者などに会う理由もないからだと、特に不思議にも思っていなかった。


「恐らく、わざと王族が顔を出す場に連れて行かなかったんだろう。それどころか思い返してみると、めぼしい上位貴族令息がいる場にもあまり出ていない。……故意にやっているとしか思えない」
 めぼしい上位貴族というのが誰を指すのかわからないが、アニエスは他の人と話をしたりダンスをすることもほとんどなかったので、見当もつかなかった。

「肝心のアニエスには地味な装いをさせているし。……想像ではあるが、年頃の身分ある男性の目に触れないようにしていたんじゃないかな。アニエスは、何か聞いていない?」
 突然話を振られて驚きつつ、どうにか記憶を探る。

「……婚約してすぐの夜会で、陛下への挨拶を終えたので、他の王族の方々にも挨拶に行くのかを聞いたことがあります。そうしたらすぐに不機嫌になって、そのまま帰ることになって。帰りの馬車で『髪がその色では王子達も嫌がるだろう』と言われました。だからてっきり、皆様は私に会いたくないのだとばかり」
 言葉が終わるよりも早く、ケヴィンが椅子を叩く音が響く。

「――あの、へなちょこ王族! そんな頃から洗脳していたのか」


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【今日のキノコ】

ヘビキノコモドキ(「俺は、好きだよ」参照)
灰褐色の傘に黒褐色のイボを持ち、ヒョウ柄のようにも見えるキノコ。
噂話が大好きなおばちゃん気質で、オトメノカサとは情報交換をする仲。
「最近の若いキノコはいいわねえ」が口癖。
ケヴィンの初恋話に、キノコの噂レーダーが反応して生えてきた。
「若いっていいわよねえ」とケヴィンの肩を叩く……いや、肩に生えている。
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