目覚めたら初恋の人の妻だった。

どうして?その大学を???


それなのに・・・柚菜が合格したと聞いた大学はうちの大学と常に
比較される大学。
茫然とした。
そして、希望の大学を確認しなかった自分を呪った。
色々な事を問い質したかったのに、百合ママが
「良いじゃないの。お母さんは野球やラクビーを応援する時には
両方のチケットが簡単に手に入れられて嬉しいわ。
それに、柚菜が生きる人生なのだから後悔しないように好きな
大学に通って、自分のなりたい職業に就きなさい。」
と口にした事で何も言えなくなった。
親が認めているのに他人の俺が何かを言える訳がない。
なんとか振り絞り出た言葉が
「柚菜、働くつもりなのか?」
昔みたいに俺のお嫁さんになるって言えよ!そう思ったのに。
「当たり前じゃないカズ兄、何言っているの?今時 家事手伝いなんて
古いから」
古い? 桜華は殆どが大学卒業と同時にお嫁に行くじゃないか。

「柚菜はお嫁さんになると思っていた」
香菜の問いにも平然と
「お姉ちゃん、何時の時代の話しをしているの?桜華出身だって近頃は
皆、コネだけど就職するよ。それに私、お見合いとかするつもりないから
卒業と同時に結婚なんてあり得ないでしょ?」
「香菜、柚菜をそんなに早くに嫁に出すつもりは無いから!」
とおじさんの声にその話は終わった。
お見合い? なんだよそれ! お前、俺のお嫁さんになるって
言ってたじゃないか!

それだけでもダメージがあったのに数日後、本当の第一志望を知り
足元からすべてが崩れ落ちた。

それは家で両親と寛いでいる時にスマホのメッセージが香菜から届く。
『柚菜の第一志望がT大で合格した。T大に進学すると決めているらしく、
両親も驚いて 今、我が家は大騒ぎ』
「え~~~~~!!!」
「一那、お行儀が悪いわよ」と母に窘められるが
「なんだよ!」とスマホに文句を言い、テーブルをバシンと叩き席を立った。
普段、感情を露にしない俺のその行動に両親もお手伝いさんも
全員がギョッとした顔で俺を見たが理由を言う時間も無く
「柚菜の所に行ってくる!」
告げた時には部屋から出掛かっていた。

佐倉家に着き、お手伝いさんに案内され居間を開けると8つの目が俺を見る。
香菜は安堵し、柚菜は少し歪んだ笑みを浮かべたが直ぐに諦めたような顔を
見せた。

オジサンの問いに、T大が第一志望だった。とハッキリ言いきっている。
聞かれてなかったから敢えて第一志望を口にしなかったとまで
子供の言い訳のような事を柚菜は口にするが、確かにそうだ。
此処に居る誰もが明応大学が第一志望だと勝手に思っていた。

一体、何時 T大なんかを志望校に決めたんだ?そんな疑問を抱いたのは
俺だけでは無かったようでオジサンが
「何時からなんだ?」
「高校2年の早い段階で決めました。」
「高校2年・・」思わず呟いてしまう・・・
そんな前から・・・一体どうして?
誰もが思った疑問に柚菜はハッキリと答えた。
「何もありません。ただ、自分が将来どうしたいのか解らなかった時に
相談した先生がT大なら学部を後から変更する事も出来るから、
他の大学より将来を吟味するのに猶予があると教えて頂き、
大学を訪問した際 師事したい思える教授と出会いました。」
そう言った柚菜を見て、あのテラスの出来事が思い出され、もしかして
もしかして・・怖くて確認したくないが、もう曖昧に出来ない
事態になっている。
「その先生って数学の先生か?」
自分の声なのに自分の耳に聞こえる声は他人のような声だった。
「うん・・・」
俺は頭の中が真っ白になって、胃から何かがせり上がってきそうだった。
まるで胃袋を絞られている様な痛み。
そして胸の奥がズキズキと痛んで、砕けてしまいそうだ。

いつの間にか柚菜は俺の知っている柚菜じゃなくなっていた。
何時も俺達の後に着いて来て、三人で話していても自分が知らない話題の
時は頬を膨らませ拗ねていた柚菜。
俺のお嫁さんになると言っていた少女はもう何処にも存在しない。

「私は誰かに頼らないと生きていないような大人になりたくないの。
もし、誰かに傷つけられても1人で立ち向かえる強さを持つ大人になりたい」

そう、真っすぐ口にする君はもう、俺の知っている柚菜じゃなくて、
俺を好きでいてくれた柚菜じゃない事を漸く理解出来た。
自分は何処で間違ってしまった?
大事に大事にしたくて桜華に留まって欲しかったのに。

柚菜は今後の事を話すと言ってオジサンと書斎にむかい、居間には
百合ママと香菜と俺が取り残されたが、茫然としていたのは香菜と
俺だけで百合ママは何時も通りだった。
さっきの柚菜との遣り取りでも感じていた・・百合ママは気がついていた。
だったらどうして教えてくれなかったんだろうか?
聞いても良いだろうか?
「あ、電話・・・一寸 電話してくる・・・」
そう言って香菜は部屋を後にする。

聞くなら今しかない・・でも、本当に聞いて後悔しないか?
そんな葛藤をしたが、この胸のモヤモヤをうやむやには出来ないほど
心に余裕なんて無かった。
「百合ママ、柚菜が明応を受けないって知っていたんですか?」
責める権利なんて自分には無いのに どうしてこんな刺々しい声なんだ・・・
「・・・そうね  知っていたと言えば知っていたかしら・・」
そんな曖昧な返答に自分に余裕が無いからかお門違いなのにイラっとし
「どうして 教えてくれなかったんですか?」
つい、口調が荒くなってしまった。
俺は家族でも恋人でも無いただの幼馴染なのに・・・
「一那君は知ったらどうしていたの?」
「全力で止めました。」
「さっきの柚菜の話を聞いていもそう思うの?」
それは・・・
柚菜は信念を持ってT大学を選んだ。そして自分の将来の職業を見据えていた。
そんな柚菜に自分の欲だけでそんな事は言えないし、柚菜にとってただの
幼馴染の今のポジションでは権利も無い・・・
大事に大事にしたかったから・・幼馴染でいたのに・・それが結果的に
完全に俺の入るスキが無くなってしまったなんて、苦笑ものだ。
何も言い返せなかった・・・
「柚菜は柚菜なりに自分の人生を歩み出したの。だから・・構わないで」

構わないで・・百合ママが言った言葉に茫然としてしまう。

「どうして・・そんな事言うんですか?」
「漸く柚菜は一那君を諦めて自分の力で歩こうとしているの
それを悪戯に邪魔しないで。」
「悪戯にって・・俺を諦めるって・・なんですか・・意味わかんない です」
「一那君は香菜とお付き合いしているんでしょう?」
「・・・え・・百合ママ何を言っているんですか?」
頭の中が真っ白になり、今の言葉が理解出来ないでいた。
俺が香菜と???
追い打ちをかける様に
「私は一那君と香菜はお付き合いしていると思っていたんだけれど・・」
「香菜がそう言ったんですか!?」
と自分にしては少し強い口調になってしまったのは、そんな誤解を招くような
ニュアンスで香菜が話したのかと考えての事だったが、
「香菜に直接聞いた事は無いんだけれど、登下校を一緒にしているから
一那君のお母さんとも、お付き合いしているみたいねって言う会話は
していたし、うちのお手伝いさんもそう思っていたんだけれど・・・」
「いや、登下校は同じ目的地だし、帰宅先も隣だから敢えて一緒にしないという
方が可笑しいかと…香菜は俺にとっては妹ですから・・・」
「でも、思春期になると、どんなに家が近くても男女で一緒にって言うのは
中々聞かないから、そういう事なのかと・・・」


確かにそうだ・・・俺と香菜が一緒にと言うのは可笑しいのは解っているが
ここで香菜が居ないのに遠い昔に約束した事を口にする事は出来ない。
どうして香菜、今、話す良いキッカケの時に居ないんだ!と
心で文句の1つも言いたくなった。が全然香菜が戻って来る気配は無かった。
「本当に、登下校だけで、休日に香菜と出掛けた事は無いですし、俺も香菜も
恋愛感情はお互い持っていない事だけは確かです。」
そう、口にするのが精一杯だった。

聡明な百合ママの事だから俺が何かを隠しているのは感じている様で
香菜と付き合っていないと言う話を100%信じてくれたとは言い難かった。
それでも、香菜が居ない今、自分の判断だけで全てを話すのは違うと
感じ、それ以上は口にしなかったが、百合ママがそう感じているなら
柚菜もと思うと、焦る気持ちが出て、香菜と早く話さないとと思うのに
全然戻らない事にジリジリしたが、その日、香菜がそのまま出掛けてしまい
百合ママの誤解を解けないままになってしまった。
その辺りから香菜の行動が少しおかしい事になり始めたが、俺自身が
柚菜の大学と、自分達以外が香菜と俺が付き合っていると思っていた事が
衝撃的過ぎて、どう対処したら良いのかも解らず途方に暮れ、
本来ならもっと大学に顔を出さないとならなかったのに暫く、学校も
アルバイト先である父の会社にも顔を出せない日々が続いた。
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