目覚めたら初恋の人の妻だった。

一那 said 4

柚菜の記憶が戻ったと聞いた時、凄く嬉しかった。

この何ヶ月か一緒に暮らしていて表面上は何も変わっていない
仲良し夫婦だったけれど、柚菜と俺の間に見えない壁が
立ちはだかっているようで、どこかよそよそしい雰囲気に
包まれていた。
これで元の関係に戻れるそう思って浮かれた。
それなのにどちらかと言うと記憶が戻る前より距離が開いてしまったように
感じるのは気のせいとは思えない。
記憶の無い間、ハグして一緒に眠った。
マンションに戻って最初の晩はそのハグにすら緊張して肩が強張っていたが
日に日にその強張りが解け、その状態で会話をしたり、休日の寝起きに
ベッドでイチャイチャ出来るようにまでなっていた。
それでも柚菜にはキス以上をしなかったのは、大事にしていたから。
あの、月夜の翌日から何年も掛けて幼馴染に戻り、友達になりBFになり、
恋人になって、夫婦になった。
時間を掛けてユックリと。

本当は前みたいに柚菜を毎日、毎日、貪りたかったのに少し残った理性が
それは得策では無いと言っていた。
だから、お義母さんから記憶が戻って病院に居ると聞いた時は
柚菜の真っ白い肌に思いっきり触れる事が出来、柚菜の身体中に
桜の花びらを散らすつもりだった。
慌てて病院に駆けつけると、そこに居た柚菜は記憶を失くした時に
目覚めた時よりももっと、もっと、遠くに居る眼をして俺を見つめた。
だから
「柚菜、本当に記憶が戻ったの?」と聞いてしまった。
「うん。完璧、って言いたいけれど、まだ所々混乱する事が有るけれど
一那と結婚した日も思い出したよ。」
そう言った柚菜の目は俺を見ては居なかった。
「一那、仕事中だったのにゴメンね。」
「うぅん 大丈夫だよ」と答えたのは、説明するよりも柚菜を抱きしめたかった
少しでも、前のように屈託の無い笑顔を見たかったから、深く考えないで
返事をしてしまっていた。
その安易な解答が俺と柚菜の僅かに残っていた信用を完全に失くして
しまう一言だと気がつきもしなかった。


ダイニングテーブルに置かれた万葉集を手に取った時、
偶然に開いたページ・・・
そこに古いレシートを見つけた。
日付は柚菜が高校2年生の10月。
この本のレシートだったけれど・・・クレジット払いだった・・・・
高校生の柚菜がカード払いしたとは到底あり得ない事は容易に解る。
そして俺の本能がアイツを思い出させる。
自分を苦しめると知っていて俺はこの挟んであった
言葉を確認せざるを得ない性分だった。


「『かくばかり こひむものそと しらませば

   とおくもみべく  あらましものを』
ってどう言う意味なの?」

何気なく、そして柚菜に悟られない様に聞くと

「『これほどに恋しくなるものと知っていたならば、遠くから

  見るべきであったものを・・・』簡単に言うと両想いよりも片思いの方が
楽だったって事かな・・・」

「へぇ~ 流石 文系・・理系の俺には難しい・・・」
「一那は興味がないだけでしょ? 理系だって知っている人は知ってるよ。」

テラスで柚菜と友達が話しているのを聞いたのを思い出す。
アイツ、数学教師だった。
その歌はアイツがお前に贈ったのか?
それともお前がアイツを思って心に留めてる歌なのか?

その万葉集を何とも言い難い表情で見つめる柚菜に俺は何も言えなかった。

記憶を取り戻したら以前の様に幸せな日常が戻って来ると信じて疑わなかった
けれど、過去を思い出すと言う事は結婚生活だけでなく
柚菜が封印したアイツとの過去も思い出す事だと何で気がつかなかった
だろう。浅はかな自分を呪いたい気持ちで一杯になった。


ー 一那side 了 ー

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