目覚めたら初恋の人の妻だった。
其々の痛み

一那 said  1

「カズ兄・・・近いよ。」
驚いて駆け付けた病院で寝れない時間を過ごしたのに
俺の妻、柚菜が俺に向かって言った第一声だった。

”カズ兄” 俺が大嫌いな呼び方。

漸くその呼び方を止めさせのに、柚菜は平然とその言葉を又、口にした。

”事故にあった”とお義父さんの電話に折り返しした瞬間に耳に入った
ワードに理解が出来なくて、どうやって病院に辿り着いたのか
あの時の記憶は定かではない。
ER前の水色のベンチシートに柚菜の両親と俺の両親が真っ青な顔をして
並んで座っていた色の失せた画は恐ろしいほど脳裏から離れてはくれない。

多分、あそこに居た誰もがきっと最悪の事を考えていたと思う。
全く柚菜の容態が解らないで時間だけが悪戯に過ぎていく。

漸く手に入れたのに・・漸く自分だけが独占できる権利を手に入れたのに・・
どうして神は俺から奪おうとするんだ。
その見えないモノに八つ当たりをしながらこの恐怖の時間を遣り過ごす事しか
出来ない無力さに項垂れる。
何度見ても進まない時計の針にジリジリし、
漸くストレッチャーに横たわり、機械に繋がれ、あらゆる所から管が見え
頭には包帯が巻かれた柚菜を見た時は安堵と恐怖が入り混じり、
腰が抜けそうになるのを何とか踏ん張り、
「先生、柚菜は・・・」
「肋骨が折れて肺に刺さって外傷性気胸を起こしています。」
「肺に刺さる???」
柚菜の臓器が傷つくなんて・・それだけで怖い。
一体どうしてこんな事に・・・
頭の包帯は額の裂傷だけれど、出血の割には浅い傷だから心配は無いと。
脳のMRも受けたが問題は無いそうだが、どのような事故の状況か未だ
解らないので、要観察になるらしい。

柚菜はタクシーに乗車しており、タクシーが直進で進んでいる所に
対向車の車が右折をし、運転席側の側面に車が突っ込んだと
運転主は警察に話しているが、これからドライブレコーダーを
解析するまでは、あくまでも運転手の話と称し、警察官が事情の説明を
してくれたが、正直細かい事は両家の両親も、俺も頭に入って来なかった。

何時間も起きない柚菜の手を握り、
何時間も柚菜を呼んで、話しかけていたのに・・・
目を覚ました柚菜は大学4年生の佐倉柚菜だと口にした。
しかも有ろう事か俺と過ごした大学4年間を覚えていなかった。
その他の記憶は曖昧ながら残っているのに、俺との事だけ綺麗に
忘れている事実に膝から崩れ落ちる。
俺と結婚した事も・・・忘れ、俺をカズ兄と呼び、距離を取ろうとする。
又、あの時と同じ痛みが胸を刺す。


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