目覚めたら初恋の人の妻だった。
姉のそれから
柚菜には簡単に許して貰えると思っていた。
なんだかんだ言ってもカズ君が取り持って
くれるとホテルを去った時に思っていたから
振り返りもしないで立ち去った。
今生の別れとなるなんて思いもしなかった。

いつかバッタり会えると思ってカズ君の会社の
周りをウロウロもしていた。
でも、会う事は叶わないで悪戯に季節が
過ぎて行くのをなすすべも無く見送っていた事に
気がついたのは幾つの季節を年月を過ぎた頃だろう?

いつか実家関連の慶弔行事に顔を出したら
簡単に2人に会えると思っていたのに会えない事が
当たり前の様になっていったのは何時からだろう?
元々、大学卒業と同時に飛び出す様に家を出たから
本当に居ないと体裁が保てないお葬式位にしか
顔出しをしていなかった事も、今となっては
災いしたのかもしれない。
こんなもんだろうと勝手に思い込んでいた。

年頃の親族が結婚していたのも知らされて
いなくても疑問にも思わなかったのは、学生時代の
有人とも距離をおき自分自身も結婚とは無縁の生活を
していたから、気にも留めていなかった

親戚筋から自分の不参加が疑問視されないで
スルーされていた事にも気がつかなかった。

"異端児" "扱い辛い”
父の中で私はそう思われていたかもしれない、
いや 長女としての責務を放棄したように
感じていたのかもしれない。

弁護士になれとは言われた事はなかったけれど、
教育熱心な家庭だったことは社会に出て知った。
当たり前の様に享受されていた数々のお稽古事は
当たり前では無かった。

多分、両親はそこから自分に合ったものを見つけて
極めて欲しいと思っていたのかもしれない。
それをまんまと裏切り、婿を取る気概も
長女として生まれたのに持ち合わせなかった。
妹の方が父の跡を継ごうと同じ道に歩みを進めた。

自ずと親戚の行事に参加するのは柚菜がメインに
なっていく事も全く考えもしなかった。

気がつけば私は親戚の中では影の薄い存在と
化していたのだろう。

柚菜が加瀬家の跡取りと結婚しても、
佐倉家を背負ってたっていると揺るぎない立場を
確立していたのには、若くして結婚したので
子供も沢山産み、一人くらいは柚菜のように
弁護士を目指す子供もいるかもしれないと
酒宴の場では酒の肴のように話題になっていたと
ほんの僅かだけど親交のある従妹から耳にした時は
自分の不甲斐なさも相まって渡りに船だと
思っていたから何も言わなかった。
本当に何もしない。それは自分自身を消すのと
同じ事だとも気がつかないで。

当時の私の気持ちと父の立場や色々な絡みが
良い方に作用したと思っていたが悪い方にも作用し、
私が居ない事を誰もが不思議に思わなくなっていた
私宛に招待状が届く事も無くなってしまった事が有難く 
いつか自分の都合が良い時に顔を出せば良いと 
のほほんとその時を待っているだけで過ごすことに何も
違和感なく時を刻んだ。

ただ、従妹も今の時代は跡継ぎに女性でもなれるし、
佐倉家のように女子2人でも、一代飛ばして
香菜か柚菜の子供が跡を継ぐと言う選択肢も
あるのだから早々に香菜が離脱しなくても
良かったのにと言われた時には親族の中で
私は離脱したとの認識に
“蚊帳の外“
言い当てて妙。

自分が望んだ事だった筈なのに虚しいのは
何故だろう。

そんな感情を気がつかフリをした。
不都合を暴かれたくなかったから。
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