目覚めたら初恋の人の妻だった。

一那 said 8

A4の封戸に入った書類に目を通し、フゥっと息を吐き、目頭を軽く
親指と人差し指で押え、シュレッターにかける為に立ち上がる。

『シュージュルギュルギュル』
と独特の音で用紙を吸い込んでいく様を自分の過去の行いがシュレッターに
かけるように表面上でも無かった事になれば良いのにと考えながら
みつめるが都合の良い事は起きるわけが無い。


数か月に一度、調査会社からの香菜に関する報告書だ。

ホテルの一件以降、香菜と会う事も接点を持つことも無くなったが、
柚菜との関係が落ち着いた頃にフト 自分の中に浮かんだ疑問・・・
もし、香菜が柚菜の姉じゃなくてただの幼馴染だったら・・・
自分は香菜の言葉を疑いも無く受け入れたのだろうか?

そもそも小さな違和感を考えない様に接してきたが、
加瀬グループの後継者としてはその思考は完全にアウトだ。
いや、社会人としてもアウトだろう。
その証拠に柚菜は直ぐに疑問を投げかけていた。
それを後から口にすると「弁護士は疑う事から入るのよ。
依頼人が100%真実を口にしているとは限らないからね。会話の中から
小さな綻びをみつけるの・・・まるで重箱の隅をつつくようにね。
裁判が始まってからでは負けちゃうから」と
その言葉に自分の方が年上なのに柚菜には叶わないと思った。
職業病だと言っていたけれど違う・・・俺の甘さが招いた事だ。
これが仕事だったら・・・
香菜に対して好意があったからとかではなく、自分の甘さを認識する為に
今更ながら調べた。
流石に学生の時までは遡らなかったけれど。

結果、香菜が会社で居心地が悪くなるような噂の1つも確認できなかった。
寧ろ、会社に馴染んでいたし、友人もそれなりに居る。
確かに一緒に暮らしている人は同性だったけれど。
その相手は堂々と部屋をシェアしていると公言していて
誰も疑問に想っている様子も報告されなかった。
報告書を初めて目にした時は自分の愚かさに眩暈がし、そして人知れず
挫折感を味わった。
企業のトップに立つ以前に誰かの上に立つほどの技量さえ持ち合わせて
居なかった己に。

まんまと騙されていた・・・・守りたいと本当に思った高校生の自分を
踏みにじられた気分になったが、それも自分が招いた事だと何度も何度も
報告書を読み返し、自嘲するしかなかった。

若気の至りとあの時の自分は許せても社会人になってからの自分は許せなかった
人は好意を受けたら返してくれるもの、ましてや物心ついた時から一緒に過ごし
家族だと信じていた人さえも裏切るとは思わんだったが、歴史を紐解くと
覇権争いは常に兄弟だった事も太古の昔から変わらない。
それは自分には当てはまらないと思っていた邁進が招いた結果だった。

良しと思わなくては。
これが後を継ぎ、企業の存続に関係ない出来事でと思わなくてはと自分に
何度も言い聞かせたが、自分の中に巣食ってしまった人に対する懐疑心を
隠す事に終始する様になってしまった。

これで良かったのだ、自分の中にあった甘さを香菜のお陰で排除する事が
出来たのだ・・・
それを忘れないために、昔の愚かな自分を思い出にさせない為に定期的に
報告書を提出させていた。
そして、それを読む度に自分の中の闇が膨らんでいくのを抑えるのを止めた。

二度と柚菜を香菜と会わせるつもりは無い。
どんな手を使っても。

純粋に心配してただけにそれが裏切られ、香菜に対する憎しみに変わって
しまったのは、己が狭量だからなのは自覚しているが、許せなかった。
柚菜の身体に残る事故の傷跡に唇を這わせながら、自分が愚かな行動を
しなかったらこの傷は無かった。
自分の中にあり続ける罪悪感 己が悪いのは解っているそれでも、
香菜に対する憎しみは抑えられず、そんな醜い自分を柚菜には知られたくなく、
今日もその傷跡に花びらを散らしながら、柚菜にどす黒い感情を悟られない様に
柚菜をうつ伏せにし、これでもかと快楽の海に沈めよう。
大事に守られてきた佐倉家の跡取り(・・・)に一生消えない傷を
負わせてしまった事を心の中で懺悔を乞いながら。

そして、大事な人がこんな感情に気がつきませんように、この重たい愛情から
逃げ出さない様に、ドロドロに甘やかして俺無しでは生きていけくなるほど
溺れて欲しい。
そう考えていることを。


ー 一那side 了 ー
< 83 / 100 >

この作品をシェア

pagetop