社長、それは忘れて下さい!?

 招待客が体調を崩すことは最も避けるべきだが、新店のオープン記念パーティーの真っ最中に騒ぎが起これば、イメージは絶対によろしくない。場合によっては保健所の立ち入り調査にまで発展する事案だ。

 ようやく笑いが収めた龍悟が、涼花の顔を覗き込むように身を屈める。今日は涼花が高めのヒールを履いているので、並ぶといつもより顔が近い。龍悟はその距離をさらに詰めるように顔を近付けると、涼花の耳元に小さな呟きを零した。

「お前に何もなかったなら、俺はそれだけで充分なんだけどな」

 そのまま押し付けた頬で涼花のこめかみを撫でる。まるで大型犬が自分の所有物に匂いを移すように。

「おっと、セクハラだな」

 だが涼花の頬に触れた龍悟は、何かに気付いたようにすぐに離れていく。そして自分の行動に少しだけ照れたような笑顔を浮かべると、涼花の肩を軽い調子でぽんと叩いた。

「俺の付き添いもいいが、折角だしケーキも食えよ。甘いもの好きだろ?」

 龍悟が優しい言葉を残して歩き出すので、涼花も慌てて後を追う。

 急なスキンシップに驚いたせいで心臓がばくばくと音を立てている。小さな触れ合いが嬉しい――けれど今は仕事中だ。

 動揺を悟られないよう姿勢と感情を正すと、いつものように先を歩く龍悟の背中を追って、涼花も控室を後にした。
< 113 / 222 >

この作品をシェア

pagetop