社長、それは忘れて下さい!?

 突然話題を振られた龍悟は呆れたように溜息を吐いたが、否定も肯定もされなかった。結局二人の冗談めいたやりとりに巻き込まれた気がして、涼花は改めて二人のやり取りには反応しないようにしようと、そっと決意した。

 揃って執務室に入ると、入り口の操作パネルに触れて室内に電気を灯す。龍悟は各々のデスクに戻る二人に、今日のこれからの予定を尋ねた。

「俺は腹減って死にそうなので、牛丼でも食べて帰ります」
「私は頂いた名刺の整理と、スケジュールの調整だけ済ませます」
「ん? なんか変更あった?」
「『Lin』の副社長が、来週木曜に予定していた会食を別日に変更して欲しいとのことだったので、調整します。大きな変更はそれだけですね」
「わかった。じゃあそれは涼花にお願いするよ。社長はどうされますか?」
「そうだな……」

 問い返されて、龍悟が少し考えるような素振りを見せる。顎の下に触れながら首を動かす視線の先を追うと、ガラス越しの眼下に光の海が広がるのが見えた。グラン・ルーナ社の最上階は、都心の夜景を一望できる絶景スポットだ。

「俺も少し残るか」
「何かございますか?」
「いや、俺の個人的な都合だ。気にしなくていい」

 訊ねた涼花の台詞をさらりとかわすと、龍悟は自分の席に腰を下ろす。仕事をするならコーヒーを淹れようと立ち上がった涼花の目の前で、旭が龍悟に向かって丁寧にお辞儀をした。

「それではお先に失礼いたします」
「ご苦労さん」
「お疲れ様です」

 相当お腹が減っていると思われる旭を気の毒に思って視線を向けると、旭と目が合った。何かあるのかと小首を傾げるが、旭は小さく微笑むだけで、結局は何も言わずに執務室を後にしていった。
< 119 / 222 >

この作品をシェア

pagetop