社長、それは忘れて下さい!?

 旭はそう言い残すと、涼花の返事も待たずに書類を手にして執務室を出て行ってしまった。

 アイスコーヒーはもう出来上がっているので、涼花が専務の所まで行ってもよかった。もちろん旭が行っても問題はないが、既に部屋を出た彼を追いかけるのも、あまりに必死過ぎて不自然だ。

 涼花は龍悟と二人きりになる状況を避けたかった。もちろん月曜から今日までの間に二人になる機会は何度かあったが、その度に涼花は過度な緊張状態を強いられた。出来るだけ不自然な態度を取らないよう努めていたが、勘のいい龍悟の前ではきっとそれが無意味であることも薄々気付いていた。

 アイスコーヒーを龍悟のデスクの端に置くと、龍悟が顔を上げて礼を言った。いつもと同じ行動なのに、目が合うと涼花の心臓はまた大きく騒ぎ出してしまう。

 すぐに傍を離れようとすると、龍悟に呼び止められた。

「秋野、仕事終わったあと、時間あるか? 一緒に飯でも行かないか?」

 龍悟の突然の誘いに、涼花は驚いてまた思考が止まってしまう。先程まで不機嫌だった龍悟だが、今は表情に暗さはない。いつもと同じ優しい笑顔だ。

 口説き文句そのものは上司と部下のそれだが、長い足を優雅に組み、悠然とした佇まいで涼花を誘う表情には色気さえ感じる。愛しい人の甘美な言葉に、思わず『はい』と返事をしそうになる。だが涼花は自分の理性と闘って、必死に現実から目を背けた。

「あの……申し訳、ありません……」
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