社長、それは忘れて下さい!?

 付け足すべき断りの理由が見当たらず、語尾がだんだんと小さくなっていく。そんな涼花の返答に、龍悟がそっと溜息を吐いた。

「なんだ、口説く隙も与えてくれないのか。弱ったな」

 残念そうな声を漏らした龍悟に、涼花は胸を掴まれたような切なさを覚えた。

 出来ればその誘いに乗って、仕事の後の時間も龍悟と共に過ごしたい。自分がこうじゃなければ、今夜は恋人同士の甘い夜を過ごせたのかもしれない。

 本当はお互いを想い合っていることを知っている。けれど幸せにはなれない。だから涼花は自分を偽り続けるしかない。こうして『食事に行かないか』と誘われても断る事しかできない。

 大好きな人からの誘いを断る辛さを悟られまいと俯くと、察した龍悟に謝られた。

「いいんだ。困らせたい訳じゃない」

 龍悟の言葉に、涼花は返す言葉も見つからなかった。龍悟に気を遣わせたい訳じゃない。けれどこれ以上近付き過ぎると、辛い思いをすることは分かっている。それに辛い気持ちを味わわせてしまうことも知っている。

「今日は、ありがとうな」
「……え?」

 俯いていると龍悟のお礼の言葉が聞こえた。顔を上げると、龍悟はアイスコーヒーを口に運びながら、立ち尽くしている涼花の姿をじっと見つめる。

「お前が笑えば、契約がスムーズに進むと言っただろう」

 ごく、とアイスコーヒーを飲んだ後、グラスをコースターの上に戻しながら呟く。
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