社長、それは忘れて下さい!?

 龍悟はいつかの夜、涼花に『お前が商談のときに笑えば、男どもはすぐに落ちる』と言った。『俺のために笑え』とも言っていた。その言葉を思い出す。

「俺の先見の明も捨てたもんじゃないと思わないか?」

 にやりと笑った龍悟の野心的な微笑みを見つけて、涼花は思わず頷いてしまった。

 仕事の時の龍悟の横顔はいつも凛々しくて力強いが、敵に回すと恐ろしい目に合う未来が見えてしまう。だが上司としてはこの上なく頼もしく、傍で仕事をしているとその眼差しにやり甲斐や生き甲斐を感じる。

 けれどその挑戦的な表情は、すぐに消えてなくなった。

「でも俺は間違ってた。もう無理して作り笑いなんかしなくていい」
「……で、でも! 私は社長の役に立たなければ……」
「いや、会社としては十分すぎるほど役に立つよ。けどな……」

 元気がない龍悟の様子に慌ててしまう。涼花の心配をよそに、龍悟は言葉を切って涼花の瞳をじっと覗き込む。瞳が合うと龍悟がまた違う色の熱を帯びていることに気付いた。

「俺が嫌だった。お前が俺じゃない誰かに笑いかけるのを、見たくないんだ」

 低くて優しいその声は涼花の焦燥感を煽り、ゆるやかに逃げ道を奪っていく。仕事の話をしていたと思ったのに、次の瞬間にはこうして絡めとるように、甘く熱い声と視線で涼花を口説こうとする。
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