社長、それは忘れて下さい!?

 タクシーを見送って時刻を確認していると、突然後ろから声を掛けられた。びっくりして振り返ると、涼花の背後に龍悟が立っていた。

「社長。申し訳ございません、煩わしくて……」
「いや、大丈夫だ。お前たちよりアイツのほうがよっぽど煩いからな」

 龍悟の笑顔から店長との仲の良さを窺い知る。今日まで二人が知り合いだとは知らなかったし、性格や雰囲気も全く異なるので、まさか友人同士だとは思ってもいなかった。涼花は龍悟の意外な一面を見た気がして、少し特別な気分を味わう。

「これから一人酒か?」
「……いえ、もう帰ります」

 龍悟に問われて少し考えたが、結局すぐに帰宅を決める。

 涼花にとっては酒はただの飲料でしかない。飲酒は楽しいわけでも酔えるわけでもないので、人といるならともかく、一人でお金を払ってまで飲む気持ちにはなれなかった。

「なら送ってやる」
「は? えっ、だ、大丈夫ですよ? 私の家ここから近いので……」
「もう人通りも少ない時間だぞ。家が近いも遠いも関係ないだろう」

 何を思ったのか、龍悟が唐突に『涼花を自宅まで送る』と言い始めた。

 涼花は焦って首を振る。そんな訳には行かない。社長にそんな事はさせられない。

 いつもの涼花であれば、龍悟に同じことを言わせないために自分の意見などすぐに引っ込めてしまう。だがプライベートでそこまでの配慮はしなくていいだろう。それに、そこまで気を遣われる必要もない。
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