社長、それは忘れて下さい!?

「本当に大丈夫ですよ。社長、お車はどうされたんです?」
「車? 俺の車なら会社に置いてきたぞ。今日は飲む予定だったからな」
「でしたら尚更……」
「いいから。ほら、行くぞ」

 当然のように部下の住所までしっかり記憶している龍悟は、何かを言うより早く涼花の自宅へ向けて歩き出してしまう。涼花をお送り届けることは龍悟の中で決定してしまったようだ。これ以上はきっと何を言っても無駄だろう。

 こんなことなら涼花もタクシーを呼んでおけばよかった。しかし今さら嘆いても仕方がないので、最寄りのコンビニあたりまで送ってもらうことで納得してもらおうと諦めた。

「秋野は次の週末、合コンなのか?」
「え、なんで知って……? って、合コンではないですが!」

 社内での移動と同じように龍悟の少し後ろを歩いていると、笑いながら他愛のない雑談をされる。そこまで大声で話していたつもりはなかったが、どうやらエリカと話していた内容が聞こえていたらしい。

「いいなぁ、若くて」
「若くはないですよ。それに、たぶん行かないと思います」
「へえ? なんでだ?」

 涼花がぼそぼそと答えると、龍悟が首と肩を動かして振り返った。興味深げに、楽しそうに、そして含みのある笑い方に、涼花はまた心臓を引っかかれたような心地を覚える。

 龍悟の笑顔は、いつも涼花の心に熱をもたらす。けれど今日は、何だかいつもと違う感覚がある。
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