社長、それは忘れて下さい!?

 旭は少しぬるくなったビールを口にしながら笑っていたが、ジョッキから口を離すと『ただ』と前置きをした上で宙を仰いだ。

「原因が社長なら、このまま待ってても解決しないんだろうなーと思って」
「!」

 セクハラされた? 怒鳴られた? と旭が悪戯っぽく訊ねてくるので、俯いたまま首を横に振る。もちろん龍悟がそんなことをする人ではないことなど、涼花も旭も百も承知だ。

 涼花は言葉に詰まった。旭は『元気がない』と言う言葉で濁してくれたが、ここ数日の仕事のミスのほとんどは、旭のフォローによってミスにならないよう処理されていた。怒られても仕方がないのに、旭は涼花を責めなかった。

 そして彼はやはり鋭い。涼花の悩みどころか、その原因まで的確に見抜いていた。

 涼花は一瞬、それでも元気がない原因を誤魔化そうと考えた。けれどここで誤魔化しても、明日からも変わらず続くミスで旭を困らせるだけだろう。もちろん旭に申告すれば帳消しになるという事ではないが、自分の気持ちを騙し続けて龍悟の傍に居続ける事にも限界を感じ始めていた。

「藤川さん……私」

 こんな事を告げられても、旭は困るだけだろう。自分は秘書失格だ。秘書は上司のサポート役として、影からひっそりと上司の仕事を支える任務を全うしなければならない。

 自分の感情など要らないし、表に出す必要はない。けれどもう、自分の感情を上手く隠してコントロールできると思えない。
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