社長、それは忘れて下さい!?

 それはきっと、エリカと過去の恋愛に触れるような会話をしたからだろう。涼花の中の開けたくない記憶の扉を、少しだけ開いてしまったから。

 龍悟の笑った顔は、涼花が大学時代に初めて付き合った先輩の笑顔によく似ている。龍悟の笑顔は優雅で気品があるが、先輩の笑顔はあどけない少年のようだった。けれど普段は少し怖い印象を受ける整った顔が、笑うと柔らかく感じられるところはそっくりだ。

 あの時は確かに、先輩のことが大好きだったのに……

 しばらく仕事に追われて忘れていた記憶が、脳の奥からチーズやチョコレートのように溶けて溢れてくる。ドロドロとしていて、ひどく甘くて、とても苦くて、少し塩辛い。摂取しすぎると胸につかえて吐き気を覚えるような、息苦しい記憶とそれに付きまとう感情。

「えっと……それは、プライベートということで……」

 頭を振って一生懸命に思考を追い出す。けれど龍悟の顔は見れそうにない。顔を上げたら、涙を堪えているのを知られてしまう気がした。

 俯いたまま答えを絞り出すと、龍悟がからからと笑う声が聞こえた。

「なるほど。これ以上聞けばセクハラになるな」
「ち、違います……その……」
「秋野? ……どうした、顔真っ青だぞ!?」

 龍悟の焦った声を聞いて、涼花はようやくチーズとチョコレートの沼から現実に引っ張り上げられたような気がした。顔を上げると、目の前には心配そうに涼花の顔を覗き込む龍悟の顔がある。
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