社長、それは忘れて下さい!?

 それからふと、移動中の車の中で居眠りをする様子を思い出す。

「それで最近、寝不足なのですか?」
「お、心配してくれるのか?」
「当り前じゃないですか!」

 嬉しさや申し訳なさの前に、龍悟が自分のために身を削っていることに胸が痛む。冗談めかして誤魔化した龍悟に真剣に怒ると、龍悟は笑いながら涼花の頭をぽんぽんと叩いた。

「大丈夫だ。俺が勝手にやってることだしな。それより、少し手伝ってくれ」

 涼花の注意を本から逸らそうと目線で合図される。その指示に従って広いキッチンと壁を埋める巨大な食器棚の間に移動すると、龍悟は涼花にも次々と食事の準備の指示を出した。

 龍悟の言う高級肉は下処理どころか既にほとんどの調理工程を終えており、冷蔵庫の中でローストビーフになって寝かせてあった。件の特製ソースも完成していたので、涼花はメイン以外の料理の準備を手伝う。

 だが龍悟に指示されたのは、冷凍庫でシーリングされていたスープと魚の切り身をボイルで解凍して皿に盛り付ける事。そして野菜室から野菜を選んでサラダを作る事だけで、それもあっと言う間に終わってしまった。

 龍悟は冷蔵庫の奥から紙製の小箱を取り出すと、中に入っていたグリーンとサーモンピンクのテリーヌを切って皿に乗せていく。それが終わると食器棚の横にあった小さなワインセラーを覗き込み、ワインを吟味し始めた。

 涼花は龍悟を待つ間、完成した料理とカトラリーをダイニングに並べていく。温められたミネストローネから広がるトマトの酸味と、新鮮な野菜のサラダの色合いと、ローストビーフの美しいフォルム。
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