社長、それは忘れて下さい!?

 真悟と言うのは、龍悟の兄にあたる人物だ。彼は海外から買い付けた輸入食品の販売や、自社グループの製品を海外へ輸出することを主業とした食品貿易会社『ヴェルス・ルーナ社』の副社長である。

 ルーナ・グループの他三社には副社長は一人しかいないが、ヴェルス・ルーナ社には副社長が二人いる。そのうちの一人である真悟は普段ほとんど本社におらず、自ら海外へ赴いては新しい商品を買い付けてくることを生き甲斐としている、奔放な人だった。

「兄貴は今、エチオピアか」
「さぁ、どうでしょうね。もう別のとこに移動してるかもしれませんよ」

 龍悟の呟きを聞いて、旭が楽しそうに笑う。二人のやりとりを横目に冷蔵庫を開くと、確かにそこには見たことがないコーヒー豆の袋が入っていた。

 豆袋を持ち上げると中で小さな粒が移動し、さざ波のようにザザザ……と心地の良い音を立てる。コーヒー好きの涼花は、たったそれだけで嬉しくなってしまう。

 新しい豆はどんな味がするのだろう。どんな香りがするのだろう。前回開けたコーヒー豆はまだ少し残っているが新しい豆も気になって仕方がないので、袋の上部をハサミで切って開けてみる。
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