社長、それは忘れて下さい!?

 袋の口を広げると、閉じ込められていたコーヒー豆のほろ苦くて香ばしい匂いが広がった。

「わぁ、嬉しい……! いい香り~」
「!」
「……っ」
「社長、今日はこちらを飲んでみても……。……え?」

 立ち上がって訊ねると、龍悟と旭がぎょっとした様子でこちらを見ているので、涼花も思わず硬直する。袋の中に虫でも入っていたのかと思ったが、中や周りを確認しても特に変化はなかった。

「ど、どうかされましたか?」
「いや……なんでもない。秋野、コーヒーは戻ってくる頃に合わせて淹れてくれ。始業の時間だ」
「は、はい。承知しました……?」

 始業のアナウンスが鳴ると、龍悟と旭がほぼ同時に立ち上がる。二人は確かに驚愕の眼差しをこちらに向けていたはずなのに、訊ねても明確な答えは得られない。小さく微笑んだ龍悟は『頼むな』とだけ言い残すと、旭を伴って執務室を出て行った。

「今のなに……?」

 幽霊でもいたのかと思うと、残された涼花は少しだけ不安になった。だが再びコーヒー豆の袋を覗くと幸せな気持ちに満たされて、すぐにそのことは忘れてしまった。
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