スパダリ外交官からの攫われ婚


 それにしてもそんなことを聞いてどうすると言うのか? 誰がそれを(こと)に話したからといって、それで加瀬(かせ)に特別な女性がいることが変わるわけでもない。真面目な彼女は告げ口みたいな真似をするのも嫌だった。

「それは今必要なことじゃないと思います。もし志翔(ゆきと)さんが隠しておきたかったことなら、聞いてしまった私が謝ります」
「俺が言いたいのは、そういうことじゃない。ただ琴の誤解を生みたくないだけで――」

 加瀬がが何を言いたいのかが琴には分からない、自分が知りたいのはただ一つのことなのに何故彼はこんなにも歯切れ悪く話すのか。それはつまり……その話が加瀬にとって都合が悪いものからなのだと琴は考えてしまった。

「誤解、ではないのではないですか? 確かに私には直接関係ないことなのかもしれませんが、自分の気持ちの整理のためにも聞いておきたいんです。志翔さんの本心を……」
「気持ちの整理? 琴はいったい何を言って……?」

 お互いの言いたいことがずれていることに気付いた加瀬は焦るが、そんな様子を見て琴はどんどん心が冷たくなっていく。少しでも期待してしまう自分がいけないのだと、そう言い聞かせて加瀬からどんな言葉が出てきても大丈夫なようにと揺れそうな気持ちを引き締めていた。

 いつもなら大人の対応が出来る加瀬も、そんな琴の様子に冷静ではいられなくなりかけてしまう。欲しいのは……ずっと想っていたのは目の前にいる彼女だけなのに、それをきちんとした言葉で伝えられない。今の琴に何を言っても信じてもらえない気がして――

「……やっぱり、いいです。ごめんなさい、変な質問して。私、一度部屋に戻って――」

 加瀬が言葉に迷っている間に、琴はこれ以上聞くことを諦めようとする。自分は彼にとってその話をする必要もない程度の存在なのかと、悲しくなって。

「待て! そうじゃない、ちゃんと聞いてほしい。全部……全部、君に話すから」

 加瀬に背を向けて、部屋に戻ろうとする琴を彼は逃がさなかった。 


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