スパダリ外交官からの攫われ婚
攫われた後も貴方に恋してる


「降ろしてください、志翔(ゆきと)さん! 私はもう大丈夫ですから」

 加瀬(かせ)の腕の中で必死にそう言うが彼は(こと)の言葉を聞く気がないらしく、その歩みを止めようとはしなかった。大通りへと向かっているのだろう、少しずつ周りの景色も明るくなってきたような気がする。
 人の少ない場所ならばまだしも、人通りの多いところでお姫様抱っこされているこの状態は流石に恥ずかしい。そう琴が何度伝えても、加瀬は「きちんと病院での手当てを受けるまでは降ろせない」の一点張りである。
 そんな彼を過保護すぎるのではないかと琴も思わないわけではないのだが……まんまとルカに攫われかなりの迷惑をかけてしまった為、これ以上は強く言えそうにない。
 大通りに出ると加瀬がすぐにタクシーを拾い、そのまま琴を病院へと連れて行き診察を受けさせる。診療時間外のはずなのに、女性医師は「連絡をもらっていたから」と丁寧な対応をしてくれた。

「特に外傷は見当たらないけれど、一時的な催眠状態ではあったみたいね。念のため今夜は二人一緒の部屋で眠った方が良いと思うわ」
「……言われなくてもハナからそのつもりだ。それはともかく、こんな夜遅くに無理を言ってすまなかった」

 加瀬がそう言うと女性医師はやれやれとでも言うように肩をすくめた後、どうでも良さげにその手をヒラヒラと振った。そして……

「大きな見返りを期待してるから、謝る必要はないわよ。そんな事より早く家に帰って休ませてあげなさい、玄関にタクシーを呼んでおいたから」
「……ああ、そうさせてもらう。帰ろう、琴」


< 229 / 237 >

この作品をシェア

pagetop