スパダリ外交官からの攫われ婚


 まさかキスの経験も無いという事を素直に加瀬(かせ)に話すことも出来ず、結局そのままで式に挑んでしまったのだ。緊張でカチコチになった(こと)を見て加瀬は少し考えた後、ゆっくりと彼女に自分のほうを向かせる。

「緊張してるのか?」

「いいえ、さっさと済ませちゃってもらって大丈夫です」

 経験のない自分を笑われたくなくて、わざと強がってしまう。そんな琴の言葉に加瀬はしょうがないな、というようなため息をついて……

「さっさと済ませてやる気なんかないけどな、残念だろうけれど」

 そう言った加瀬が琴のベールを上げて、しっかりと彼女を見つめた。真っ直ぐな加瀬の視線から目を逸らせないままの琴に、彼が優しく「目を閉じろ」と小さな声で囁いて……

 こんな時だけ優しくなるのは本当に狡いと思いながら、琴は加瀬に言われた通りゆっくりと瞳を閉じた。
 静かな空間で自分の心臓だけが大きな音を立てているようで緊張が高まったが、琴の両肩に加瀬の手が触れると何故か少しだけ胸がトキめいた気がした。

 
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