Don't let me go, Prince!


 ドアを開けるとまだスーツ姿のままだ。仕事では白衣を着るだろうけれど、私は普段から彼のスーツ姿しか見たことは無い。ハネムーンの時すら彼は私服を着ることは無かった。

「私は明日から一泊で秋田の方に出張に行ってくる。何かあるといけないから、明日と明後日渚は家の中にいなさい。外には出ることは許しません」

「そうですか。分かりました」

 私はここでずっと彼に気に入られるためだけに大きな猫を被って過ごしてきた。彼の言う事は何でも聞いて、気にいられないような素の自分はひたすら隠してきたの。
 前に一度可愛いねと言ってくれてたけど口元はヒクついていたから。

 了解したと、完璧な笑顔で返事をしてドアをそっと閉める。

 知っていたわ。私ずっとこの時を待っていたもの。家政婦にだって何度も口止めして夢の国のチケットを渡して明日行くように言っておいたからすぐにはバレないはず。

 関係を終わらせるための紙は準備済みよ。母にも妹にもチラッとそれらしき事は話しておいた。
 後は隠しておいたカバン1つで実家に帰るだけよ。

 準備に一か月かけたわ。やっぱり気付いてなんてくれなかったわね?

 ……出会ってから二人の時間は短かったけれど私はちゃんとあなたを想ってた。だけどこれ以上触れることも許されず、本音で話す事も出来ない関係を傍で続けることは出来ない。

 本当にあなたを想う気持ちを綺麗なままで取っておきたいから、もうここには居られない。

 その夜、私は一睡もすることなく窓から彼の部屋を眺め、そこに映る彼の姿を瞼に焼き付けた。

 そして朝早く彼がキャリーケースを引いてタクシーに乗り込んだのを確認すると、私も荷物を持ちタクシーを呼んで乗り込んだ。

 サヨウナラ、私の愛しい旦那様(王子様)_____

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