辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する

 王都とアハマスの物理的距離と、パートナー役を探す煩わしさから、セシリオは社交パーティーに全くと言っていいほど姿を現さないでいてくれた。そのことに、感謝せずにはいられない。独身のままで残っていてくれたことが、奇跡的に思えた。
 しっかりと上がった眉も、鋭い目付きも、スッと通った鼻梁も、頬に残る古傷さえも、全てが素敵に見えるのだ。

 サリーシャは返事をする代わりに、ぽすっとセシリオの肩に頭をのせた。すると、抱き寄せるように伸びた大きな手が、労るように何度も何度もサリーシャの頭から肩までを撫でる。時折、弄ぶように指に絡めているのか、僅かに髪を引かれる感覚がした。

 サリーシャは視界に入ったセシリオのもう一方の手に手を伸ばすと、自分の方へ引き寄せた。両手で包み込んで(もてあそ)ぶと、セシリオはされるがままに大人しくしている。剣とペンを握るせいでまめだらけの手は、固くごつごつとしている。掌を見ると、指の付け根の下のあたりは皮膚が分厚くなっていた。けれど、この手が誰よりも優しい手であることをサリーシャは知っている。

 二頭立ての華奢な馬車はカタカタと軽快に進む。

 心地よい揺れが車体を揺らし、宮殿の馬車寄せにはあと数分で到着だ。サリーシャはその大きな手を華奢な指でそっとなぞり、束の間の幸せな時間に酔いしれた。
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